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【猪犬閑話】ある猟人の思いで

本稿は『けもの道 2019春号』(2019年4月刊)に掲載された記事を note 向けに編集したものです。掲載内容は刊行当時のものとなっております。あらかじめご了承ください。


文|八木進

ある猟人の思いで

昭和40年代後半の春頃、バイト先の愛知県下の某大規模養鶏場の寮へ珍しく来客があった。とりついだ寮母さんが「方言が強くて言葉がよく判らないが、中年のおじさんが『アニぃ』(私をこう呼んでいた)に会いに来たらしい」とのことで表に出てみると、小柄な中年男性が少し緊張した様子で立っていた。話をしてみると、この人は方言ではなく吃音が強い様子で聞き取りづらいところが有った。

「俺は長野県木曽の猟師でHと言い、紀州犬を使って猪猟をしているが、長野県○○警察署へ京都出身の若い署長が赴任して来て、それと面会した際に『自分の出身地の猪猟隊では優秀な紀州犬を使って猪猟をしており、猟期中は多くの猪を獲っている』と聞いて興味が湧き、仕事の関係(※この人は石工であった)で淡路島へ行ったついでに京都のお前の実家に立ち寄ったが、実家では(猟師を引退した祖父に)『犬は孫が愛知県のバイト先へ連れて行っている』と言われたので、帰宅途上にここへ寄ってみた」との話であったが、これを30分近く聞いていたような記憶がある。

この養鶏場はとてつもなく広大で寮の周辺で番犬を兼ねて犬を飼うことは歓迎されており、自身で3頭の紀州犬を飼っていた。

このH氏は私の3頭の紀州犬を見て少し落胆した様子で、「思ったより小柄で細い犬だね」と言ったのに対して、私は当時生意気であったこともあり「おじさん、この犬で猪が獲れるし15貫目(=56kg)程度の猪やったら2頭で咥えるで」と言うと、この人は「俺の犬は30kgあり、50kg程度の猪は単犬で咬み止める」と反論。こんなやり取りを3時間近くした記憶がある。

この猟人H氏が暮らす木曽には春先にアマゴ釣りに行ったことがあり、次に釣りに行ったときに立ち寄る約束をして引き取ってもらった。

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