バットにボールが当たらない

バットにボールが当たらない人生がある。
私はそういうふうに生きてきた。

小学校のある日、体育の授業で突然バットとボールが用意されてルールもそこそこに試合が始まった。
クラスメイトには素質のある子もたくさんいて、そういう子は最初こそ空振りもあるけれど次第にボールが当たるようになって体育館の隅にまでボールを飛ばすようになった。もちろんボールを投げる側の忖度もあったけれど1時間もしないうちにみるみる上達した。
順番が私に回ってきてひどく緊張した。こういうのは成功した事が無いから。何度もボールを投げられ、優しく優しく投げられて、何回も何回も、ギリギリまでボールをよく見て必死にバットを振って、20回くらい振ったところで結局当たらずしまいには「当たった事にして、走って!」と言われてしまった。決してサボってなんかいなかった。真面目にやって、当たらなかった。

絵でもそうだ。クラスメイトには絵の上手い子が何人もいた。上手い子は本屋さんで親に買ってもらった教本を参考に、あるいは漫画のコマを模写しながらメキメキ上達して、コピー用紙で漫画を書いてホチキスで留めて教室の後ろに置かれ、月刊誌として皆に読まれていた。かたや私は誰にも相手にされない絵を必死に描いて、なんとかクラスメイトにウケるようにデフォルメの試行錯誤なんかしちゃって、竜やペガサスやグリフォンのゆるキャラを描いては「下手くそなのにまだ絵描いてんの(笑)」と指をさされて笑われていた。中学生になっても高校生になっても絵を描き続けたし、なんなら今も描いてる。模写の練習もしたし、ファッション誌の写真を見ながらドローイング練習もした。でも私の絵は下手くそで、まるで小学生の頃のままみたいで、私の絵はバットにボールが当たらないままだ。

30歳になってからギターを弾く練習を1年続けた。音楽教室に通って基礎から教わってゆっくりじっくり続けて、1曲も弾けなかった。全てが聞くに耐えなくて自分でも嫌になった。

手芸も時々やるし、料理も挑戦するし、熱帯魚の飼育もしてる。何をやっても今ひとつピンと来なくて、いつも致命的に何かに気が付かない。

脳のMRIを撮った。何も異常が無かった。それはもうミチミチに脳が詰まっていて健康だった。
過去に知能検査もしたけど言語性IQは132あった。ただ動作性IQは82しか無かった。
私は統合失調症を患っている。小学6年生の頃には前兆が出始めて中学生には幻覚も出始め、高校生で掛け算が出来なくなり、22歳で街中の看板を読めなくなった。今は治療を続けて10年くらいで、これ以上やるべき治療が無く、入院もできず、仕事をしながら給料を崩すようにリハビリの趣味をやって「今後もこのままでしょうね」などと主治医に言われても諦めがつかずに治れ治れと願い、いくつも能動的な趣味を継続して、それでバットにボールが当たらない生活を続けている。病気のせいにしたくないけど他に思い当たる原因も無い。

こういう話は上手い人から軽蔑される。上手い人は皆の期待を背負って戦略を考えたりホームランを飛ばして湧かせたり、やる事も考える事も多くて、バットにボールを当てりゃいいなんて簡単な話じゃないからね。バットにボールを当てて、その先はどうする?そんなんだから当たらないんだよ。もっと見る人の気持ちを考えなきゃ、何を望まれてるか考えて真面目に丁寧に仕事しようよ、ってね。知ってるよ。いやプロの頭の中はわからないけど、それを言われてどうこうできる段階じゃないんだよ。私はそれ以前なんだよ。

応援席へ行けと言われる。あなたは大人しいから良い奥さんになれますよ、いい人紹介しましょうか、時期的にそろそろでしょう。違うよ、違うんだ、もちろん人の応援もするけどさ、でも誰も私の応援を望んでいないじゃないか。サポート技術も無い私に、あたかもサポート技術が主役趣味の下位互換であるみたいに言うのはやめてくれ。私は何もできないんだ。てか主婦業って応援席じゃなくてチームメイトだから。主婦業ですらバットにボールが当たらないんだ。主婦業ですら、誰にも望まれないレベルなんだ。

だからせめてソロプレイで主役になりたい。
誰も犠牲にならないように、たとえ器用貧乏の称号にも届かなくても、たとえ誰からも応援されなくても、誰にも存在を知られなくても、それでもバットで空振りをし続ける、そういう人生でありたい。