長編小説[第1話] ネクスト リビング プロダクツ ジャパン

 リゾートバイトから帰ってきた星光(あかり)は、お部屋探しの帰り道に駅裏で出会った占い師の紹介をきっかけにマネーセミナーへと参加し、ネットワークビジネスの世界に足を踏み入れた。
 星光(あかり)は所属したチーム内で、リーダーの導(みち)と出会う。まるで父親のような彼に甘えながら平和に時を過ごすのだが、彼には黒い噂があった。 
 そしてチームにはもう一人、渚(なぎさ)という浮いた存在がいた。フレンドリーさのカケラもない彼女が気になり、星光(あかり)は彼女を追ってしまう。
 渚(なぎさ)には秘密があった。
 霊が見えるようになった星光(あかり)と、彼女についてまわる謎の黒髪の女性、彼等の運命はいかにー。

旅の思い出
 歩けど歩けど辿りつかない。彼女ら2人は里山の登山道のような細道を、かれこれ20分くらい登り続けていた。木の根の張り巡らされた土道を踏みながら、ときおり吹き抜けるそよ風を浴びながら、ただひたすらに歩き続ける。肌寒さの残る小春日和。雪こそ溶けて無くなっているものの、草が生い茂るまでにはもう少し時間が掛かりそうだ。雲と太陽が交互に顔を出し、木漏れ日がゆれる。
「登山靴、はいてくれば良かったね」ひとりが呟く。
「そうかも。だけどスニーカーも、これはこれで踏み心地が良くて好き」そう囁いて、もうひとりが頬を緩ませる。
 2人の時間はゆっくりと、着実に前に進んでいた。

 遡ること20分前。彼女ら2人、星光(あかり)と珠(すず)は、旅の思い出作りにと、ここ『八坂神社』を訪れていた。『ヒトの縁を守るパワースポット』とネットの旅記事に紹介されていたのを発見した星光(あかり)が、リゾートバイト先の同僚であり、また友人でもある珠(すず)を誘い、2人の最後の休日を利用してやってきたのだ。

 神社の境内を散策していると、2人は本宮の奥の方に、登山道の入り口のような場所を発見した。入り口の横には小さな鳥居と酒のお供え物が置かれており、その近くには、木製のすすけた立札が建てられている。
 雨風にさらされたであろう文字は、掠(かす)れていて、ほとんど読めない。2人は読める情報を繋ぎ合わせて要約していった。

 どうやらこの先は御霊山らしい。頂上に祀られている神岩を撫でると霊力が蘇る、とかなんとか・・・。
 「じゃあ、行っちゃう?」星光(あかり)は目をキラッキラに輝かせながら
珠(すず)を誘惑する。珠(すず)は控えめだけどどこか愉快そうなニヤけ顔を見せながら、深く頷いた。

 そうしてスニーカーと普段着というとてもラフな格好のまま、2人は謎の御霊山を登り始める事となり、今に至る。山頂に辿り着きそうな気配は、残念ながらまだ無い。

 開けた岩場で小休憩をしていると、下山してきた1人の年配の女性とすれ違った。お互いに労いの声を掛けあい、少しばかり談笑し始める。

「ところでお嬢さん達は、この山の不思議なお話を知っていますか?」
「・・・知らないです。どんなお話ですか?」
登山道入り口で見かけた怪しい立札が、少しだけ2人の脳裏をよぎる。
2人はその女性の続きの話しを、まるで夏休みの子供達のような面持ちで聴き始めた。

 その女性の話しによると、この山の神岩の力で霊に会う為には、その霊の遺品に触れる必要があるのだという。そして、たとえ神岩を撫でたとしても、気配が分かるようになる人、見えるようになる人、話せるようになる人、人によって霊力の蘇りはまちまちなんだとか。

 ますます怪しいこの山に冒険心を掻き立てられながら、2人は残りの道を歩き始めた。

 山頂に辿り着いた2人。彼女達はしめ縄で封印らしき装飾をされた、いかにもな神岩を撫でていた。

 空が白み、冷たい風が吹き抜けた。気がつけば、ポツリポツリと、不穏な丸い影が地面に水玉模様を描き始めている。
 慌てた2人は逃げるように、足早に来た道を引き返し始める。雨は2人の背中を追うように、少しずつザワザワと賑やかになっていった。

 明後日には荷物をまとめ、それぞれの地に旅立たなければならない。過ぎゆく時間を惜しむかのように、2人は下山した後も、どこか立ち寄れる場所を探していた。

 土産物屋街にある店を適当に見つけ、2人はその中に入っていく。
 店内を歩いていると、星光(あかり)がストラップを見つけ、足を止めた。
「あ、これ八坂神社のキャラクターじゃない?」
「本当だ、かわいい!カバンにつけたら癒されそう。」
「ほんとにね!これさ、おそろで買ってつけようよ!」

 その日から星光(あかり)のカバンには、500円玉サイズの、アヒル隊長のようなキャラが酒瓶を持ったストラップがぶら下げられる。また珠(すず)のカバンには、同じく500円玉サイズの、スズメのようなキャラが団子を持ったストラップがぶら下げられた。ツヤのあるプニプニとした触り心地のそのストラップは、大正時代のお茶屋の雰囲気によく似合いそうな、独特なレトロさを醸し出していた。

 会計を終えて店の出入り口付近で話し込む彼女達。買ったばかりのストラップをお互いに触り合いながら、2人は雨を忘れて、いつまでもはしゃいでいた。レジ台に佇む土産物屋の主人は、そんな2人の姿を、微笑ましそうに、静かに見守っていた。
 
 1つの傘にギュウギュウになりながら、2人は湿気の上がった土産物屋街を練り歩く。
 道中に見つけた元土産物屋であろう廃墟の扉には、真新しい『ネクスト リビング プロダクツ ジャパン』と書かれたチラシが貼られている。いかにも自然派思考とアピールしたげな森林の背景と、中央には海外製品っぽいアロエベラドリンクの写真。そのチラシと廃墟のコントラストが、街から浮いた、どこか異質な雰囲気を放っていた。



 

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