長編小説[第2話] ネクスト リビング プロダクツ ジャパン

小さな疑い
 その狭いワンルームの部屋は埃っぽく、ひどく乾燥していた。最後に掃除機を掛けたのは、いったいいつ頃だったのだろうか?
 カーテンを閉め切り、小さなデスクライト1つを頼りに、渚(なぎさ)はPCに向かい合っていた。時計の針は夜の11時をさしている。彼女が仕事を終えて帰宅したのが丁度8時頃だったから、作業を始めてからはもう3時間程になるだろうか。
 恐ろしく手がかりが掴めない彼女は、たびたび頭を掻きながら、AI検索の画面にキーワードを打ち込み、情報を漁り続けていた。

 PCの横には『ネクスト リビング プロダクツ ジャパン』と書かれた試供品らしきアロエベラドリンクが、飲みかけのまま置かれている。
 雑然とした机の上には、一冊の手帳が開かれていた。『12月1日』、青ペンの丸で囲われたその日の欄には、小さく丁寧な文字で、『彩芽(あやめ)の命日』と記されていた。

 外は極限まで冷え込み、大粒の雪が深々と降り積もり続けている。その日はまるで彩芽(あやめ)の最後の日にそっくりな、辺り一面が暗闇に包まれた夜だった。


栄光の人
 「続きまして、総合売上部門の1位に輝いたのは、菅原 導の率いる、青葉支部です!」
 熱っぽく語る司会男性のアナウンスと共に、会場が拍手と口笛で沸いていた。市民センターの大ホールらしきこの場所は、関係者一同でびっしりと座席が埋め尽くされている。
 紹介された導(みち)は、慎重な足取りでステージに上がり、ゴールドの盾を受け取る。そしてマイクを握りしめ、中央の演説台へと向かっていった。

 会場が静まる。壇上の男は、静かに1つ、深呼吸をした。
 一抹の吐息をマイクが拾う。そして導(みち)の深く低い声音が、会場中を包み始める。彼のリーダー演説が幕を開けた。

 「ー 私はこのチームのおかげで、この活動のおかげで、今、自分の望んでいた人生を歩むことが出来ています。チームメンバーの死を乗り越え、皆で力を合わせ、この結果を手に入れた。これはものすごく・・・。」
 ゆっくりと、そしてどっしりと、説得力のある導(みち)の言葉が会場中に響き渡る。
 青葉支部のチームメンバーと思われる人々は、目に涙を浮かべながら、その話を全身に浴びていた。

 左手首にはゴールドと黒、透明な石の混ざった数珠と、ゴツいブランド品であろう腕時計。丸襟の真っ白なTシャツ。その上には縦ストライプの柄の浮いたジャケットを羽織っている。そんな導(みち)の姿はどこか、中途半端なベンチャー企業の経営者のような、押し付けがましさを感じさせた。だがそんな風貌には似つかわず、彼の発する言葉達は、丁寧で重みのあるものだった。

 ステージの奥には、『ネクスト リビング プロダクツ ジャパン 決算報告会』と書かれた、爽やかなグリーンの横断幕が掲げられていた。




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