それぞれの夕べ
ひとしきり仕事を終えると、デスクの上に突っ伏した。外はもう、陽が沈む寸でくらいの明るさだ。さっきまで練りにねって無理やり書いたソースコードは、かろうじて動作したので、さっさと提出した。帰ろう。そして寝よう。今日の仕事はもう終わりだ。
同僚達に挨拶をして家路に急ぐ。
人の多い電車に揺られる。
スーパーの2割引きシールが貼られたお惣菜を物色する。
袋に入れた缶チューハイと戦利品の餃子をぶら下げて、あくびをしながら住宅街を歩く。肌寒いそよ風が私を撫でる。中途半端に欠けた月が、物静かに私を見下ろしていた。
店は徐々に人の入りが増えていた。ぼちぼち最後のラッシュの時間かと思いながら、私は今日もお惣菜コーナーの在庫をチェックする。手作りのおかずは明日に持ち越せない。日本の衛生管理は厳しいからね。
パックのラベルに貼られた時間をチェックしながら、機械的に2割引シールを貼って行く。すると、貼られたそばからお惣菜が売れていく。2割引かれないと価値がないなんて。このおかず一品を作るのに、裏でどれだけの手間が掛かっているのか、彼らは少しでも考えた事があるのだろうか?自炊を放棄してスーパーに頼るのに、さらに割引まで要求するなんて。
腹の底から湧き出す黒い感情を抑えながら、小さく深呼吸する。きっと、みんな疲れているんだろうな。しょうがない。
淡々と作業を続けていると、2割引きシールが貼られていないお弁当を持った男が目に留まった。見落としているのかなと思い彼に声を掛けると、彼は、このままで良いんです、と言って自分のカゴにその弁当を入れた。変わった方もいたもんだ。
在庫のチェック、発注、レジ締め、店内整理・・・。もうすぐで終わる、という感覚ではあるのだが、まだまだやる事はありそうだ。よっしゃ、今日も気合い入れて乗り切ろう!
惣菜棚からほとんどのおかずが捌けると、店内の人の入りは、徐々に落ち着いていった。
学習塾の準備室で、同僚と一緒にお弁当を広げていた。これから始まる夜間授業の前の休息時間だ。
最近の生徒は塾ですら空気を読みまくる。教師の求める正解を探して発言しているのか、なんというか、気を使いすぎだ。間違える時でさえ、教師の許容できる範囲の『模範的な間違え』を置きにきている気さえする。
片やそんな空気を異常に読まされる世界のくせに、ネットや友達付き合いの世界に帰れば、急に『個性』やら『自分らしさ』なるものを求められるらしいじゃないか。難儀な世の中になったもんだ。
授業5分前の鐘が鳴る。そろそろ行くか。
そそくさと資料をまとめて支度する。
暗がりの広がった窓の外には、中途半端に欠けた月が、妖艶な光を放ちながら佇んでいた。
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