長編小説[第14話] ネクスト リビング プロダクツ ジャパン

2つの正義
 
導家のリビングのソファーには、私と渚さんが並んで座っていた。中央のローテーブルを挟んで、導さんが向かい合うようにして座っている。
「この動画を撮影してSNSに投稿したのは、君たち2人で間違いないかい?」
先日投稿したネクプロの暴露動画のサムネイル画像をタブレットに表示して見せながら、導さんは、私達、星光と渚さんに詰め寄った。
 「間違いありませんが、何か?」
キッパリとした口調で渚さんが返答する。途端に辺りはピリついた空気に包まれた。

 「この動画では、僕たちネクプロの活動を批判する内容が語られている。それもかなり偏った視点でだ。自分達が何をしたのか分かっているのか?」
「私達は事実を発信したまでです。それ以上でも以下でもありません。」
導の問いに覆い被さるように渚さんが言葉を返した。
「何の事情も知らない人々がこの動画を見たら、間違いなくネクプロは危ない組織だと思うだろう。だが、僕達が行なっているのは健全なビジネスだ。君たちの動画は風評被害につながる可能性がある。ちゃんとその自覚はあったのか?」
「お言葉ですが、やりがい搾取と洗脳を繰り返しているこの組織のどこが健全なのか、私には分かりません。」
 チッっ、導の小さな舌打ちが放たれる。辺り一面は静寂に包まれた。

 「話が通じないようだから目的だけ伝えよう。この動画を削除してくれ。」
重く低い導の声が部屋に響く。時が止まったかのような静けさの中、時計の秒針だけが部屋にうるさく鳴り響いた。

 「それはできません。」
強い芯のある声で、渚は返した。

 「動画の削除ができない。チームの損失になるような行動をわざと行う・・・。
私はリーダーとして、この現状を黙って見過ごす訳にはいかないんだ。」
 導はコーヒーを一口飲み、それから何かを考えるように遠くを見つめた。

 「動画を削除してもらうまで、君達を帰らせるつもりはないよ。」

 一呼吸置いて、渚さんは返した。
「削除する気はありません。」

 重苦しい沈黙が部屋中を包み込む。
 我慢比べのような居心地の悪い時間が、ただひたすらに過ぎていった。

 「分かりました。渚さん、消しましょう。」
私は耐えかねて渚さんに声を掛けた。
 正気か!?と疑りながら渋るような顔の渚さんを横に、私は渚さんにノートPCを出させる。
 私は動画の編集画面を開き、導さんの目の前で、その動画を削除した。
 導さんは深く息を吐き出し、それからビーズクッションに座り直した。

 「彩芽ちゃんのお別れ会だけど、罰として、君たちの名前は参列者名簿から除外させてもらうよ。今回自分達がやった事、しっかりと反省して欲しい。」
「ちょっと待ってください。」
「いいから。」
土壇場で反論しようとした私を渚さんが制した。
 今さっき目の前で動画消したでしょうが。どうして罰を受けなきゃいけないのか意味が分からない。
 困惑と怒りが混同した眼差しで、私は導さんを睨んだ。
 渚さんは自分の膝の上をしきりに見つめながら、何かを考えているようだった。

 「話は以上だ。今日はもう帰っていいよ。」
そう言って導さんは立ち上がる。

 去り際に立ち止まった導さんは、振り向かずに話を続けた。
「今回の処置はイエローカードだ。次何かしでかした際は、ネクプロ青葉チームから、君達の名前を除名させてもらう。もう一度言う。自分達が何をしたのか、自覚してしっかり反省してくれ。」

 導さんが部屋を去った後、私と渚さんは冷めたコーヒーを置き去りにして、足早に部屋を後にした。





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