時間
梅雨前のぬるい風に包まれながら、彼女は電車のホームに立っていた。まばらに人が行き交う昼時。薄い雲に覆われた空は、世界をどんよりと照らしていた。
「まもなく一番線に上り電車が入ります。」
機械的なアナウンスが流れはじめる。
数秒後、アナウンスの言葉が途切れる。さっきまで吹いていた風がピタリとやむ。飛んできた虫も、移動中のツバメも、まるで写真を見せられているかのごとく、その場に静止していた。
驚きと激しい耳鳴りが彼女を襲う。
何事も無かったかのように、再び時間が流れ始めた。
彼女はスマホの時計に目を落とす。そこには12:30の文字がハッキリと表示されていた。
電車に乗って、最寄りの駅に辿り着く。少し疲れたので喫茶店に立ち寄ろうと、彼女は大通りを散策し始めた。時間的にも丁度ランチタイムの終わり時で、入りやすいだろう。そう考えていたのだが…。
見つけた喫茶店の扉には、クローズの看板が引っ掛けられている。定休日かな?そう思った彼女は、店の情報を調べようとスマホを開く。
待ち受け画面を見て驚愕した。画面には11:20の文字が表示されている。さっきまで12:30だったハズなのに。
少し待つと、画面は11:19を表示した。時間の流れ方がおかしい。
その日を堺に、世界の時間は、逆向をはじめた。
時間は同じ長さを保ちながら、もと来たトキを、淡々と、遡り続けているのだった。
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