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心高鳴る「待ち合わせ」があった時代:一戸信哉の「のへメモ」20220517

先週の放送では、「東京は夜の7時」のカバー/リメイクバージョンをお届けしました。「アカペラ」の回で、「ああ、これなら定番よね」と思って選んだわけですが、MCの山田さんもゲストも、よく知らないままに紹介したという感じでしたね(一応収録前に説明はしましたが、、、)。

「東京」「7時」という記号に、いわゆる「アフター5」の高まり、高鳴りを覚える人が今もいるとすれば、東京の人なんでしょうね。東京で暮らしたことのない新潟の学生たちが、同じように感じないというのはそりゃそうだという気がしてきました。

ただ、「早く会いたい」という「夜の7時」は、携帯のなかった時代の現象で、その点でもイマイチピンとこないという面もあるかもしれません。「東京は夜の7時」のリリースは1993年、この頃のことを書いている記事を見ると、「ポケベルが鳴らなくて」というドラマと曲がヒットしていたとあります。PHSが出てくるのは1995年ですので、携帯電話というのは大変高価な贅沢品だったという情景が浮かびます。

というわけで、多少は「移動体通信」が普及し始めてはいたものの、いまのように四六時中携帯電話でつながっているような状態でなかったことはたしかです。こうした「心細い」人のつながりにあって、夕暮れ時、人に会うために待ち合わせ場所に向かうときというのは、今とは異なる心の高鳴りがあったのでしょうね。

東京の地名と時刻を掛け合わせるという意味では、「渋谷で5時」というのも、同じように「高鳴り系」の曲と言ってもいいかもしれません。

コロナ禍で長らく東京から離れてしまって、夕暮れ時の渋谷にいってもさっぱり場所がわからずに、迷子になってしまうような気がします。

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