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今の『私』という人

夫とも娘とも口を聞かなくなって何日が経ったでしょう。

ついこの間、『再出発!』と言いながら、このありさま。
我ながら呆れます。

いちいち、気持ちに区切りをつけて期待するからこんなことになるのでしょうね。

振れ幅がどんどん広がって、本当に疲れます。

なんでこんなやり方を選んでいるのかも、もはやわからなくなっているので、こうしている意味を考えていますが、こんなやり方に納得いく答えなど見つかるはずがありません。

いい歳して…と思うけれど、私より二十も歳の離れた義母だって、こんなはずじゃなかった自分に苦しんでいたでしょうし、大人とかこどもとか関係なく、人間は不完全な存在なのだと思います。

夫は甲斐甲斐しく、私が手放した家事や娘の世話をせっせとこなしています。
仕事で疲れているでしょうに。

罪悪感を持たなくもありませんが、それ、二年間、私やってきたんだしな。と、自分を抑えています。

娘も然り。
夫に言われたのか、自発的なのかはわかりませんが、挨拶だけはしにくるようになりました。

かけられた挨拶には答えるけれど、まだこちらから挨拶をしようと言う気にはなりません。

これも私のやり方ではないけれど、私のやり方を繰り返せば、また同じ目にあってお互い傷ついてしまいます。


この後どうしていくつもりなのか、考えていないので着地点はわかりません。

ひとつわかったことは、考えないってこんなに楽なんだ。と言うこと。

そりゃあ、夫も娘も、楽な方を選びますよね。


それでもこうして、ぐにゃぐにゃと、答えのないことに脳みそをこねくり回しているので、これは私の性分なのでしょうね。


嫌な人。と、今の自分を見て、別の自分は言うけれど、だいたい、いい人でいようとするから疲れるんじゃない?とも思います。


私が、こどもみたいに、新しい家族に甘えているのかな。

絶望的な状況になりながらも、なんかそのうちまたよろしくやってるんじゃないかと、楽観視しているのかもしれません。


とにかく今私は、全力でがんばることをやめています。
がんばらないようにがんばっています。


私が本当に向き合わなくてはいけないことは、いったい何なのでしょう。


とりあえず、脳みそに残っているぐにゃぐにゃを吐き出して、楽しみにしていたライブにいってきます!

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