見出し画像

ブリッジマザー

平日の夜にも関わらず、夕飯の後にダイヤモンドゲームを1試合行いました。

夫が休みで、私が早く帰宅し、娘がお利口さんに…と三拍子揃った日のお楽しみです。

相変わらず大人相手に勝てずにいる娘でしたが、それでも機嫌が良く、終わった後には自ら連絡帳と宿題を見せに来るほどでした。

新しい漢字練習帳を使い始めたばかりの娘。

「あれ?新しい漢字練習帳は、字の書き方を変えてみてるの?」

いつもはマスいっぱいに書かれていた娘の字が、こじんまりとマスの中央に寄っています。

正直、前の方が元気があってよかったな。と思いましたが、新しいノートを丁寧に使おうと言う気持ちは伝わって来たので、それ以降の言葉は飲み込みました。

「どれどれ?あれ?これ、本当にツムギが書いたのかい?なんか違う人の字みたいだなぁ」

隣から覗き込んだ夫は私と同じことを思ったのか、全体の字にコメントをすることは控え、ある一文字にフォーカスしました。

「ツムギ、『員』の字の『貝』の下はつけて書くんだよ」

え?そうだっけ。
先に目を通した時には気にならなかったので、もう一度娘が書いた『員』を見直してみたけれど、わざわざ注意するほど離れているようには見えませんでした。

娘は自分がやったことに対して違う意見を言われることを極端に嫌います。

ついさっきまで、デレデレと甘えた声を出していた口が一気に尖り、父親に激しく反論し始めました。

夫も引く様子はありません。

もう。似たもの親子め。

「ツムギ、私の意見を聞いて。私から見たらね…」

「どうせケイトもくっつけろって言うんでしょ?」

「そうじゃなくて、人の話は最後まで聞いて」

ここで一緒にヒートアップすることなく、冷静に話し続けられるようになった自分の成長を感じながら、なんとか娘をなだめようとしましたが、ついにはいつも通り自分の部屋に戻ってしまったのでした。


追いかけて行って娘の言い分を聞きます。

「なんでツムギが先に謝らなきゃいけないの?」
「どうせツムギだけが悪いってことになるんでしょ?」
「ツムギはつけないで書き続けるからそれでいいの!」

「ツムギ、今回の件については、私はツムギの味方よ。お父さんはあんなに意地を張ることないと思う。だから、そんなことでこんなに怒らないで。お父さんには私から注意をしておくから」

なんとか機嫌を直した娘に寝る支度をするよう促し、リビングの夫の元に戻りました。

「習字の先生に習ったんだよ。『賢』の字の下はつけて書くとバランスがいいって。だから、今日までそうやって書いて来たんだ」

ああ、そう言うことだったのか。
拘りがあったことだったのか。

もちろん、夫の名前の一文字である『賢』にも『貝』が入っていることには気づいていましたが、子どもの頃の先生の教えを守り、自分の名前に心を込めて書いて来たその拘りまでは見えていませんでした。

「いいよ、じゃあ、ツムギはこれからも離して書くんだな。お父さんはつけて書く。それでいいんだろ」

娘にいい放った大人気ない言葉には、寂しさが含まれていたのです。


もう一度娘の部屋に戻った私は、夫の言葉を繰り返し伝えました。
今度は娘も少し思うところがあったようです。

寝る前にお父さんと仲直りしといたら?と提案すると、娘は別で用意していたクイズの紙に何かを書き加えて、またデレデレと父親の元に戻るのでした。


羨ましいなぁ。
このふたり、お互いにどんなに言い争ったって、絶対的に大好き同士なんだもの。

これから思春期に入る娘は、ますます父親とぶつかることが増えるのでしょう。
片親で踏ん張って来た夫は、娘の成長を喜びながらも、寂しさから受け入れられないと思う日もあるのでしょう。

これからきっと私は、幾度となく娘と夫の間を行き来して、伝書鳩のごとく、面と向かって言えない気持ちを代弁するのでしょう。


娘と無理に母娘になる必要はない。
家にいる信頼できる大人として、父娘の絆を深める役割で充分ではないか。


父親に渡した紙の最後には、しっかりとバランスよく目の下に添えるようにハを加えた、

員   ツムギ

と書き足してありました。

そこは『賢』じゃないんかーい(笑)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?