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一杯の焼きそば

あ!これ知ってる!
思わず心の中で叫んでしまった(笑)
今から10年ほど前の話。


子供らを連れてすすきの方面へ。
何を買いに来たというわけでもなくいつものように暇つぶし。

なにせここは生まれ育った街で俺の故郷。やはり落ち着くのだ。

嫁は仕事だったので保護者は俺一人。
ハーメルンの笛吹き男よろしく、長男(9歳)と次男(5歳)は俺の後ろをついて歩く。
ただし俺が持つのは笛ではなく一台のベビーカー。
娘は赤ちゃんをちょっと卒業したところだった。1歳ちょい。

ゲーセンで息子たちを遊ばせてる間に娘にミルクやおやつをあげる。
ついでにおむつも替えてしまおう。
人がうじゃうじゃいるところでの強制露出プレイとなるがまあいいだろう。

ミルクを飲みながらぐっすりと眠った娘。
こうなれば俺も少し自由を満喫できるので、酒を飲みながらメダルゲームで遊ぶ。

ちなみに娘の寝付きの良さは異常。
夜は普通に9時に寝て、3時間毎に起きることもなくそのままぐっすり眠って朝7~8時あたりに起きる。
昼寝もミルクをちょっと飲んで一切ぐずることもなく寝てしまう。(結局大きくなるまで一度もグズるところを見たことがなかった。)

逆に心配になって相談所に相談しに行ったこともある。
夜中無理にでも起こしてミルクをあげるべきなのか?
たまにこういった赤ちゃんもいるから心配はいらないそうだ。とにかくいつも楽だった。


ゲーセンでどのくらい遊んだだろうか?
ふぁ~という大きなあくびをして娘が起きる。
これがゲーム終了の合図。メダルをカウンターに預けて別の場所に移動。

今度はデパートのおもちゃ売り場に。
娘もベビーカーから降ろして遊ばせる。
まだつかまり立ちもおぼつかなかったから床に座って遊んでいた記憶がある。

子供らを遊ばせてる間におしっこでタプタプになった使用済みおむつを棄てたり、子供らの飲み物を用意したり。
酒でベロベロになっていてもやることはきっちりとやっている。

際限なくおもちゃ売り場で遊びまくる子供達。
わかるよわかる。その気持ちは十分わかる。
ただそろそろお腹も減ってきただろう。なんか買って食おうぜ?
渋る子供らを連れてまずは喫煙所へ。
喫煙所の外の椅子に子供らを並べて座らせ飲み物を与え、俺は檻の中に入ってタバコを吹かす。水分補給とヤニ補給はどちらも大切。

その後デパ地下で食べ物を買ったり、コンビニで酒とつまみを買ったり、もう昼ごはんなのか晩ごはんなのかよくわからないままずっと食べ続ける子供達。食べまくりながら公園に移動。
息子二人は公園内をワーワーと走り回り、一番下の娘におやつをあげてる俺のところに戻ってきては、残っている惣菜を口に放り込んでまた走って遊具に戻っていく。
そんな様子を見ながら、たまにコンビニへと酒を買い足しに行ってはまたつまみを買って元の場所へと戻る。


日も傾き、娘がさっき買ったおもちゃにも飽きた頃、息子ら二人もようやく戻ってきた。
つまみ食いだけで全員腹いっぱい。俺も酒を飲みすぎた。
しかしせっかく街まで来てつまみ食いでお腹いっぱいっていうのも寂しいので、名物の焼きそばを食べて帰ろうということになった。




ここの焼きそば屋の最大の特徴といえばこの大盛り・・・ではなく、実は麺に味がついていないのだ。
カウンターにソースや焼肉のタレ、キムチの素や醤油、人気のごま酢醤油やもちろん焼きそば用の特製ソースもある。
それを自分好みにかけて食べる。これが最大の特徴。

うちの家族のスタンダードは、ごま酢醤油+焼肉のタレ+キムチの素+ラー油+マヨネーズ。
あまりにこの味が好きすぎて色々研究を重ね、ごま酢醤油の完全再現まで行ったくらいだ。それでもやっぱりどうしても本物にはかなわない。

なのでみんなお腹いっぱいではあるけれど、これを食べてから帰ろうという話になった。
「やったー!」と喜ぶ子供達。
「お腹いっぱいなんだから一皿をみんなで分けて食べるんだぞ?」と俺。


入り口の自販機で「並盛」のチケットを一枚だけ購入して、他の人の邪魔にならないようにカウンターの端の方に詰めて並んで座った。娘はベビーカーをこっち向きにして待機。

チケットを渡して「小皿二枚とフォークを1本お願いします」と伝える。
長男はそのままその皿で。次男と娘は小皿に分ける。
子供達は久々のここの焼きそばにもうニッコニコ。うん、連れてきてよかった。

「楽しみだなぁ」と長男。
「何の味にしよー?」と次男。
不思議顔で初めてのここの焼きそばを待つ1歳の娘。

こちらを見てニコニコしている隣のおじさんに(狭くしちゃってどうもすみません・・・)という気持ちを持って微笑みながら会釈をする俺。
意味が通じたのか通じていないのか、ウンウンと頷き微笑むおじさん。

それにつられるようにその右側にいた学生らしき男もウンウンと頷く。
Uの字になったカウンターの反対側にいた人達もウンウンとニッコリしながらこちらを見て頷いている。

子供が食べ物をワクワクしながら待ってる姿ってなんか可愛いしね。わかるよその気持ち。


しかし焼きそばはなかなか出てこなかった。


チケットを出したら即出てくるはず。味付けもなにもないからな。
しかも並が一人前なのだ。何かがおかしい。

カウンターの向こう側から店長と店員の声が小さく聞こえる。
「並ですよ・・・(小声)」
「・・・いいから(小声)」
そして目の前に現れた「並盛」一人前に俺たちと他の客たちは驚愕した。


小さい「並盛」の皿に山のような焼きそばが乗っていたのだ!


ちょ・・・ウッソだろ!なんじゃこりゃ?!
照れくさそうにプイッと後ろを向く店長。
ちょっと泣き笑いのような顔で俺らの前にそっと焼きそばを置く店員の女性。
それを見て「あいつらだけずるいぞ!」なんて声も出さず、ウンウンと頷きほほ笑みを浮かべる他の客達。

そこで気がついた。
どうやら俺らは「一杯のかけそば」風に見えているっぽいと(笑)
知ってるわこれ。

しかも男親一人で子供三人連れて、その内の一人がまだベビーカーだもんな。
どう見たって訳あり。下手すりゃ嫁が死んだと思われてるかもしれない。

「わぁ・・・」
「すごい・・」
息子達も思わず声を上げる。
そりゃそうだろう。


こいつらは今、死ぬほど腹がいっぱいなのだから。


俺もそうだし娘もお腹いっぱい。
まんぷく家族なのだ。

流石に長男も空気を察する。
一杯のかけそばの話をしたこともあるし、これが気遣いからのサービスだってこともわかっていた。
次男も「満腹の中全員でこれを必ず食べきらなくてはならない」ということを理解したらしく、目で俺の方に合図してくる。やるのか?マジか?と。

この感じだと俺が手伝うわけにもいかない。
せっかく山盛りにしたのに、子供らにあげず親が一番食べるなんて真似はできないからだ。
手伝えたとしても途中で少しか、多少残ったものを片付ける程度しか出来ないだろう。

山盛りになった「並盛」を三等分して、大盛二つと並盛が一つ出来上がる。

小皿を2つお願いしたのに大きめの皿が来たのはこのためだったのか。
娘以外全員が、恐らく全く違う意味でゴクリとつばを飲み込み、焼きそばに好みの味付けをしていく。
目配せをしてから全員で笑顔を作っていただきますをした。


初めての味に上半身を左右にフリフリして美味しさを表す娘。
時折フゥ~・・・という深い息を吐きながら勢いよく食べ続ける息子たち。


しかしその勢いも当然続かない。
娘は半分も食べないうちにベビーカーの背もたれに寄りかかりだして、顔を横に背けだした。どうやら完全に満腹らしい。終了。
「もういいの?美味しかった?残りお父さん食べちゃうよ?」とわざとらしく大声を出し、残った焼きそばを涙目で口の中に放り込む。

そして次男の箸も止まる。
長男が涙目になっている俺を見て何かを決意し、次男の皿から残っていた焼きそばの半分くらいを自分の皿に持っていった。

(あとそのくらいは食えよ・・・)(わかった。ありがとう兄よ)
お互い黙って頷きあっていたが、多分脳内でこんな会話があったのだと思う。


そんな長男の箸もついに止まる。
「ウップ!!」という満腹を知らせるわかりやすいゲップをして、完全にストップ。
頑張れ!リバースは店を出てトイレに行ってから!

残った数口分の焼きそば。
たったこれだけなのに食べられない。
口の中に入れる勇気もない。

普段は本当に腹ペコ家族なのだ。
貧乏だし食べるものにも困っている。
だから本当ならこんなありがたい話はない。


ただ今回だけはあまりにもタイミングが悪かった。


「慌てないでゆっくり食えよ」という死刑宣告を長男にしてから灰皿のある場所へと逃げる俺。
取り残された娘の面倒を見るふりをする次男。
口いっぱいに焼きそばを詰め込みながら天を見上げる長男。


タバコ一本を俺が吸い終わる頃、長男はやりきった。やりきりやがった。
そして笑顔でお皿を返しながら「ごちそうさまでした!」と。

良かった良かったという空気のみんなと、三途の川を渡りきり地獄の門をくぐった俺たち。
頭を深々と下げ笑顔でお店を立ち去ったあと、エレベーターに乗ってドアがしまった瞬間「ウェーーップッ!!」の大合唱。

聞くに堪えないカエルの歌を歌いながら地下鉄に飛び乗り家にカエル。

この一杯のかけそばならぬ一杯の焼きそば事件で、俺たち家族は人情と根性、そして「お腹いっぱいの時は食べ物屋には行かない」ということを学んだ。


追記
普段は大盛りで頼むしそれでも足りないくらいなんだけど、本当にこの時だけ腹がパンパンな状態で行ってしまった。
なので敢えての並盛一杯だったんだけど、それが逆に気遣いさせちゃったみたいで申し訳なくて申し訳なくて。

それからは出来る限りここで飯を食うようにしている。
「札幌 大通 焼きそば屋」で検索すればわかるので、札幌に来た際には是非。


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