続・私のカレーレシピ

 果たして前回(伊藤圭太のカレーレシピ)をどれだけの方がお読み頂けているか、はたまたご記憶かは分からないが、要約すると、私がカレー作りにおいて味の目標としているのは、父の故郷、群馬県は桐生市にある『芭蕉』というお店の『印度カリー』で、そのカレーはロイホのカレーにも松屋の創業カレーにもにているという話であった。カレーに対する思いを語っていたら、肝心のレシピを載せることが出来ず本当に申し訳なく思っている。


 あれから1年。最大の変化と言えば父が亡くなったことであろう。肺癌だった。ヘビースモーカーだったので意外ではなかったが、突然ではあった。見つかった時には既にステージ4で首に転移をしており、1年と経たずに亡くなってしまった。ご多分に漏れず、親孝行出来なかったなぁと悔いる日々である。


 父は自分が癌だとわかってから詳細なエンディングノートを残しており、亡くなった後も何をしたらいいのか途方にくれるようなことはなかった(こんなにもやることがあるのかと驚きはしたが)。葬儀のことももちろんあって、自宅での無宗教の家族葬。と書くと何をするんだろうと思われるかもしれないが、これが実際のところ何もやることがないのである。亡くなってから火葬までの4日間、ただリビングに父が横になっているだけ。その周りで我々家族はごく普通に三度の食事をし、テレビを観たりしていた。


 母だけは霊柩車で、残りの兄弟4人は私が運転する車で火葬場へと向かった。考えてみると、兄弟4人だけで車に乗るというのは今までなかったのではないか。私は車内でさだまさしの曲をかけた。Spotifyにもさだまさしはあるのだ。子供の頃、父の運転する車ではいつもさだまさしがかかっていた。その中でも特に印象に残っているのは「案山子」。それを思い出してかけてみたのだが、意外と弟妹達はピンときていないようだった。曲名が分からないが、歌詞の内容が「父に婚約者を紹介したら靴下に穴が空いたり虫歯があったりした」というような感じだったと記憶している歌があり、それを皆で検索したりしていたらすっかり楽しくなり盛り上がってしまって、兄弟4人ハイテンションで火葬場に着いたらしんみりした親戚が待っており、なんとも気まずい気持ちになった(その曲の名は「雨やどり」であった)。 


 私は特段父が苦手だったわけでもないのだが、父も私も自分から積極的に喋るほうでもなかったので、これといってまとまった話をしたことがほとんどなかった。大学を卒業して、就職せず俳優の養成所に行きたいということも母にしか話さなかった(しかも学費は出してもらった。これは本当に反省している)。弟は父と同様に会社員であったため、共通の話題もあり二人でお酒を飲んだりもしていたようだが、私はそういったことをすることはとんとなかった。


 そういった感じであったため、父にとって私は何を考えているか分からないさぞかし扱いづらい息子であっただろうなぁと思っていたのだが、火葬がそろそろ終わるという頃、久々に会った従姉がすすすっと私に近寄って来て、「叔父さん(私の父)、圭太君のことを誇りに思ってるって言ってたよ」と教えてくれた。前の年に祖母が大分で亡くなり、自分は行けなかったのだが、その時に親戚みんなで九州を小旅行したらしく、その時に演劇を続けている自分について父はそう言ってくれたらしいのだ。父は親戚中から頼りにされ、慕われていた。そういったことを火葬場で知ると言うのも、やや情けない話ではある。

 すっかりカレーから話が離れてしまったが、先日桐生に行く機会があった。父は祖父から桐生の土地を相続していたのだが、そこを空き地バンクに登録するための手続きに母と市役所に行ったのである。しかし、私にとっては市役所は二の次。またとない『芭蕉』のカレーの味を確かめるチャンスなのだ。父ともう一度『芭蕉』に行くことは叶わなかったが、せめてカレーだけは食べておきたい。このためにわざわざネットで営業日を確認し、桐生へ行く日を決めたのだ。ところが…なんと行ってみるとお休み…こういったお店に関してはGoogleのなんと当てにならないことよ。『芭蕉』のカレーはおあずけ。まぁお店の佇まいを見れただけでもよかったか。いつまでお店があるかわからないし。結局この日は母と二人で桐生の名物であるひもかわを食べた。物凄く幅広のうどんのようなものだ。


 というわけで、私のカレーが『芭蕉』のそれにどれだけ近づけているのかわからずじまいだが、前回レシピは載せずじまいだったので、さすがに今回は載せようと思う。


 と言っても、毎回分量などはいつも適当で出来上がる量もまちまちなのでレシピの体をほぼなさないのだが、その作り方は、大量の牛スジと玉ねぎとリンゴ(梨や桃でも良い。果実酒を漬けたあとのものだとなおよい)を形がなくなるまで煮込み、そこに業務スーパーのイエローカレーの素(タイカレーのペースト)とウスターソースと中村屋の純カリー粉(カレー粉でないところに中村屋の歴史と誇りを感じる)とショウガ、ニンニクを適当に入れるというだけのものである。もしこれをお読みの方に群馬県桐生市、並びにその近辺に在住の方がいらっしゃったら、ぜひこの作り方でカレーを作って頂き、『芭蕉』のカレーと食べ比べて頂きたい。 

(2022年8月21日『SHINE SHOW』裏パンフ用文章)

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