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涙の高校卒業〜男子チア物語第6話〜


2012年3月1日。

高校の卒業式当日を迎えた。


同時に、俺の受験した早稲田大学の最後の学部の合格発表の日だ。

合格発表の時間は、午後3時。

卒業式を終えて、みんなでワイワイして自宅に帰ったころにちょうどその時間を迎えるくらいだ。


「久しぶりの学校だなぁ〜!」

電車に乗って、最寄り駅からは自転車。

いつものように教室に入ったが、懐かしい気持ちがした。

みんながいる!いつぶりだろうか、こんな大勢のクラスメートの顔を見たのは。


それもそのはずだ。

受験もあり、自由登校ということで。2月後半は、みんなが教室に揃うことはあまりなかった。


「久しぶりだな!私立の受験どーだったよ!?国立はこれからだもんなー!」

至る所で受験の会話が行われていた。


もちろん友人たちは、自分のところにもやってきた。

「ケイタ、おまえ結局どこ受けたんだよ?国立は受けずに私立ってのは聞いてたけど、どこの大学行くんだ?もう決まってたりするのか?」


「あ、うん。私立で...。まあ東京の私大ってとこよ!合否は、まだ出てないところもあって。正式に決定したら、みんな、メールで連絡するから!待っててよ」


俺は複雑な心境ながら、なんとなくそう答えた。

男子チアがやりたいがために早稲田受験をしたことは、その時は周りに恥ずかしくて言えなかった。

そもそも行けるかわからない時点であったから。


「おー!東京かよーーー!!!楽しみにしてるわ!」

「ぜってー連絡してこいよー!」


「うん、当たり前だろ!まじで決まったらみんなにすぐ伝えっから!」

そう言って、笑顔を取り繕ったが、心の中では不安しかなかった。


不安で不安で不安で、仕方がなかった。


式の最中。

立って校歌などを歌っていると、いろんな記憶が蘇ってきた。

ハンドボール部で、仲間たちと本気で打ち込んで、泣き笑いした日々...

大好きなマサハル先生という顧問と出会えたことで、チームとしても強くなれたし、人間としても成長できた気がした。

「挨拶は自分を高める」-挨拶がいい加減なチームは勝ち抜くことはできない。

先生の声が聞こえてきた気がした。

胸に手を当てた。

「ハンドボールを通して大事なことを教えてもらったな。一生、この先も忘れないようにしよう」


そして、目をつむって思い浮かべながら願った。


「先生は俺たちが最後の教え子で幸せだったのかな...。もし幸せであってくれたらいいなぁ」


高校2年の修学旅行。

夜中まで他のクラスの仲間とサッカーゲームしてたな。

先生にバレないかヒヤヒヤしながら、時にみんなで寝たフリをしながら。

「最高だったな」

こんなに楽しいクラスで過ごせた俺は幸せだった。

ほかにも文化祭でバンドを組んだり、体育祭で応援団の団長を担ったり、いろんな記憶が頭の中で蘇った。


今思えば、クラスの女の子から、応援団団長をやってくれとお願いされたのだが、嫌な気はしなかった。なぜか、嬉しくて引き受けた自分がいる。


目立ちたがり屋というのもあっただろうが、その頃から、応援、見ている人を勇気付ける=チアに惹かれていたのだろうか...。


そう言えば、体育祭後の夜にはストームという青春行事があった。

参加者は全員男子で、女子は見守るのみ。


キャンプファイヤーのように、真ん中に火を焚き、大声で学校歌を歌いながら、踊りながら結束を高める日だ。

この日に向けて、1年の男子生徒は夏場から、炎天下で怖い先輩の指導のもと、怒鳴られながら、毎日部活の前に、ストーム練習の時間があり鍛錬を積んできた。

こんな厳しくて嫌なことを男子たちが懸命に取り組むには訳がある。


このストーム当日の後には、ご褒美が待っているのだ。

見ている女の子たちは、当日、ストームの後に好きな男に「カルピス」を渡す我が豊橋東高校の伝統がある。


そして、「カルピス」をもらった男の子は両思いを伝えるには、自分のしていた白のハチマキを女の子に渡す。

この交換成立こそが、両思いの証となるのだ。

ロマンチックな伝統だ。


校歌とともにいろんな過去の楽しかった記憶がフラッシュバックした。


「本当に、いい学校だった」


涙があふれた。

そして、止まらなくなった。


もちろん仲間たちとの別れの辛さもあるが、今の自分の複雑な気持ちも、この涙には含まれていた。


必死に式が終わるまでには涙を止めた。


何事もなかったかのように、退場してからは、笑顔を貫いた。

ただ、本当には笑えてなかったように思う。

仲間たちと写真を何枚も撮って、別れを告げた。


地元の蒲郡から通った大好きな仲間たち7人、いわゆる「蒲メン」と、いつも電車と自転車で通ってた通学路を、自転車のみで豊橋から蒲郡まで2時間かけて帰った。


ところどころのスポットで思い出に残るような写真を撮りながら、それぞれの自宅を目指した。




その時ばかりは、この後、合格発表があることを忘れて、仲間との時間に没頭していた自分がいた。


「じゃあ、またね。また、すぐにでも会おうな!」

再集合を約束し、解散した。


こうして俺は2012年3月1日に豊橋東高等学校を卒業した。

そして、その時、時計の針はすでに運命の午後3時を回っていた。


つづく
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第6話の登場人物 整理

ケイタ(俺)=筆者であり、主人公。愛知県・蒲郡市出身。豊橋東高校卒業。

マサハル先生=高校ハンド部の恩師。普段は心優しいおじいちゃん先生で、女子生徒からも人気。部活になると目の色が変わり、時に厳しい指導も。俺たち生徒がマサハル先生にとって教員として最後の"教え子"だった。

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