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🔲 荒廃した末摘花邸のイメージ 「蓬生の巻」1

源氏が、明石・須磨で苦難のわび住まいをしていた頃、京の女たちも源氏への思いで、悲しい日々であったことは様々に語られてきました。

しかし、忘れられてしまった姫君も何人かはいたようです。「蓬生の巻」では、その中で、末摘花に焦点が当てられて物語が展開することになります。

父常陸宮は、死んでしまって、源氏だけを頼りとしていた姫君にとって、源氏の隠棲はとんでもない苦難となってしまうのでした。評判はもとより、経済的な支えを完全に失ってしまったのです。女房達も去って行き、末摘花の屋敷は、荒れ放題になってしまいます。

そんな彼女の屋敷の様子が次のように描写されています。


かゝるまゝに、浅茅は、庭の面も見えず。しげき蓬は、軒を、争ひて生ひのぼる。葎は、西・東の御門を閉ぢこめたるぞ、たのもしけれど、崩れがちなる垣を、馬・牛などの踏みならしたる、道にて、春・夏になれば、放ち飼ふ総角の心さへぞ、めざましき。

古典文学大系源氏物語二 140頁

邸宅が荒れ果てた様子を表現するのには、「浅茅」・「葎」・「蓬」が基本メニューとなっています。作者も常識的な描写に寄りかかりながら、馬・牛を放ち飼う「総角」(あげまき)で締めくくっているのです。「総角」とは、少年の髪の結い方で、ここでは少年を指すことになります。

屋敷が荒れて、草ぼうぼうとなり、築地や建物が崩れるというのは常識的なことでそんな表現は物語にはよく見かけられます。しかし、邸宅の庭に馬や牛を放ち飼いしている少年の描写なんて魅力的ですよね。末摘花の苦難の生活。それをいいことに、のどかな馬・牛と「総角」の風景。対照的で末摘花の苦難の生活ぶりが一層深く印象付けられるから不思議です。そんなやるせない気持ちを、作者は、「めざましき」と抗議の気持ちを込めて語気を強めたのでしょうか。

勿論、受領の娘だった作者・紫式部が、屋敷内に牛や馬を放ち飼うような荒れ果てた光景を目にしたとは思われません。同僚たちの噂話などを参考にしたのかもしれません。「浅茅」・「蓬」・「葎」という荒れ放題の標準表現を越えて彼女なりの表現の世界がそこにはみえてきます。常識的なありきたりの表現には満足できず、様々な方法でイメージを膨らませていった作者・紫式部の作家としての力量が伝わってくるようです。

馬・牛と遊ぶ総角

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