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🔲 脇役ー明石の姫君の乳母「澪標の巻」2


3月16日、待望の姫君が明石に誕生。源氏の喜びは並々ではありません。子供が少なかった源氏にとって、この度は、姫君ですからなおさらです。

源氏は、かつて宿曜が語った言葉を思い出します。


「御子三人。帝・后、かならず、並びて生まれ給ふべし。なかの劣りは、太政大臣にて、位をきはむべし。中の劣り腹に、女は、出で来給ふべし」
                        

古典文学大系「源氏物語」二 106頁

藤壺女御との秘密の御子は、冷泉帝となり、葵上との間の御子・夕霧は順調に成長しています。ですから、宿曜の言葉の通りなら、明石の上との間に生まれたこの御子は、后となり、源氏一族の繁栄を約束してくれるのです。

大切な姫君を、明石で養育することは許されるはずもありません。田舎育ちでは、宮中での生活もできないのは必定ですから、源氏は心を砕きます。様々な計画も頭をよぎりますが、とりあえず、適当な乳母を選び、姫君の養育係として、明石の上のもとで育てることにしたのです。

乳母の条件としては、

1 乳飲み子がいる  2 明石へ行くことが可能  3 育ちがよく教養がある

以上の3点が求められます。この条件をクリアーできる女が簡単に見つかるはずはありません。しかし、源氏は、早くからその準備をしていたのです。家来が、その条件にぴったりの女を源氏に報告したのです。


「故院にさぶらひし宣旨のむすめ、宰相にてなくなりにし人の子なりしを、母なども亡せて、かすかなる世を経けるが、はかなきさまにて、子生みたり」と、きこし召しつけたるを、知るたよりありて、事のついでに、まねびきこえる人なして、さるべきさまに、のたまひ契る。まだ、若く、なに心なき人にて、あけくれ、人知れぬあばら屋にながむる心細さなれば、ふかうも思ひたどらず、この御あたりのことをひとへにめでたう思ひきこえて、まゐるべきよし、申させたり。」             

古典文学大系二  107頁


源氏の受け取った報告では、女は、故院(桐壺院)の侍女であった宣旨の娘で父は宮内卿(上達部)である。相当な身分の女だ。しかし、女はつまらぬ男に捨てられて、今は、あばら屋で寂しく子供と暮らしているという。さらに、源氏一族へのファンであるというのです。


源氏は、宣旨の女を姫君の養育係として最適な人と判断して、一族の命運を託すような気持ちで京から明石へと派遣したのでした。

面接に出かけた源氏、彼女に会ってみると、荒れ果てた家に美人がいるという例の条件のもとに彼女への恋心が湧いてきたりします。どうしようもない源氏の浮気心なんですね。(紫式部のぼやきも聞こえてくるようです)


姫君の養育係である乳母のイメージが、主役たち以上の輝きを放っているように思えてきます。ヒーロー・ヒロインを越えて豊かな世界が物語の奥深くにあるように思えてきます。源氏や姫君だけでなく、広がりを持った世界なんですね。確かな世界なんです。

勿論、「源氏物語」は、フィクションであることは当たり前のことです。しかし、現実的な脇役たちに囲まれて、現実・事実の話として受け入れてしまうのです。更級日記の作者に代表されるがごとき、フィクションと現実・事実との区別ができなくなってしまうような仕掛けがなされているのです。


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