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🔲 六条御息所の遺言 「澪標の巻」3

「澪標の巻」の前半は、明石の上のお話が中心となっていて、後半は、伊勢から帰京した六条御息所と源氏のお話です。

御息所に恋の手ほどきをしていただいた源氏も28歳。年上の御息所は、35歳になっていました。荒れ果てた六条の大邸宅を修理・手入れをして、源氏は、彼女と娘の斎宮(19歳)を迎えます。しかし、源氏の訪問が絶えて、寂しい秋の頃、彼女は、死期を悟って、尼になってしまったのです。源氏は、あわてて御息所のもとへと駆け付けます。

御息所は、脇息に寄りかかって、弱弱し気に、娘である斎宮の事を泣きながら依頼するのでした。


「まことにうち頼むべきおやなどにて、見ゆづる人ありてだに、女親に離れぬるは、いと、あはれなる事にこそ侍るめれ。まして、おもほし人めかさむにつけても、あぢきなき方やうちまじり、人に、心もおかれ給はん、うたてある思ひやりごとなれど、かけて、さやうの、世づいたるすぢにおぼしよるな。憂き身をつみ侍るにも、女は、思ひのほかにて、物思ひを添ふるものになん侍りければ、「いかで、さる方をもて離れて、見たてまるらん」と思う給ふる」

古典文学大系「源氏物語」二 124頁・125頁

普段は、優雅で美しく、教養あふれ、高貴な六条御息所。でも、今夜は違います。必死の思いで娘・斎宮の身を案じて源氏に依頼しているのです。決死の思いがほとばしるような激しさが伝わってくる言葉となっています。

六条御息所の話を整理すると次の三点になります。

1 実の父親に娘を託すのだって心配。他人である源氏にお願いするのはとても心配。

2 娘を源氏の愛人としないように。人の嫉妬や憎しみを買う事になるから。

3 色恋沙汰で自分は苦しんだから、娘には、男女関係がなく生きるようにしてやりたい。


自分の苦しい体験をもとにしての必死のお願いですから源氏も素直に聞き入れます。源氏自身の浮気心を批判されているようで多少の恥ずかしさを隠すことはできませんが、いつもの御息所とは違う雰囲気に押されてしまいます。娘の斎宮を源氏の愛人として扱うなというのですから源氏も恥ずかしいですよね。源氏は、御息所のお願いを聞かないわけにはいきません。

几帳の向こう側からほのかな明かりに、六条御息所と娘の斎宮が悲し気に寄り添っている美しい姿が照らされています。源氏は、自分には子供が少なくって寂しいから、斎宮を我が娘としてお育てしますと約束をします。

それから、7・8日もたたないうちに六条御息所は死んでしまいます。


さて、六条御息所と明石の上とは浅からぬ関係があったようです。「澪標の巻」で二人が対照的に描かれているのも理由がある事なんです。

かつて、源氏が明石の上と結ばれる夜、源氏は、明石の上に六条御息所の面影を感じてしまったのです。


ほのかなるけはひ、伊勢の御息所に、いとやうおぼえたり。
                 古典文学大系「源氏物語」二 83頁


京から遠く離れた明石育ちの姫君と美人でセレブとして評判だった六条御息所と結びつくはずはありません。二人の雰囲気が通じていることに源氏は、異常な感覚に襲われたのです。なぜ似ているのか。物語の大きな構想の中でむすびついているようです。


六条御息所の娘・斎宮は、冷泉帝の中宮になり、明石の上の娘・姫君は、皇太子(後の帝)と結ばれます。二人の娘は、それぞれ伊勢・住吉の神と深い関係にあります。東西の神が源氏の力を支えています。そういう結びつきのなかで、明石の上の話・六畳の御息所の話が展開しているのだと考えることができます。


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