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🔲 滑稽談への構想「末摘花の巻」4


高貴な身分で零落し、悲嘆に暮れている姫君。こういう姫君の話を聞いただけで、男は、異常な関心を持ってしまうようですよね。宇治の姫君に命懸けで恋をした薫や匂宮は、その典型かもしれません。

若い源氏も、「雨夜の品定」で、恋物語の先輩の左馬頭などから聞かされた話に今まで知らなかった世界がある事を知らされたのです。葵上や藤壺や六条御息所とは、全く違った姫君が自分を待ち受けているのではないかと。

源氏は、未知の世界へと恋愛空間を広げてゆきます。そこで知り合った、空蝉や夕顔。源氏に様々なものを教えてくれる異常な空間・恋の世界があったのです。源氏は、さらに深くその世界を求めてゆきます。

昔物語の中には、貴種流離譚という要素が込められています。「伊勢物語」の業平のように高貴な人物が都を離れて放浪するというお話です。その逆バージョンが宇治の姫君の話だったりするわけです。この逆バージョンは、男性にとっては夢のようなロマンの世界なんですよね。

源氏は、宮中で世間話をする大輔の命婦から宮様の姫君の話を聞かされます。父宮は、亡くなっていて零落した暮らしをしている姫君の話なんです。

大輔の命婦にお願いして、やっと、姫君の奏でる琴を聞きます。でも、まだ会うことはできません。手練手管で大輔の命婦を説得して、姫君の部屋に忍び込みます。

二条院に戻って、源氏は、昨夜のことを思い出します。でもなんか変なんです。趣味も悪いし、歌もおかしいんです。姿は、暗闇の中での情事ですから判然としません。どんな顔かもわからないのです。

秋も暮れた寒い冬の夜、源氏は、姫君の事を思い出して訪ねてゆきます。そして、その翌朝、雪の光の中で姫君の容姿をはっきりと目に焼き付けてしまったのです。

座高は高く、胴長、おでこが出っ張っていて、顔が妙に長く、下膨れで青白い色、痩せていて骨ばって、肩幅が広い。そうして、何といってもおかしいのは、象のように長く高い鼻。その先は、曲がり垂れ下がり、紅色をしている。

源氏は、驚くというよりは、むしろ滑稽な様子に笑いがこみ上げてくる状態だったのです。

数日後、源氏と大輔の命婦が笑いながら話していたのを女房がそのわけを聞くと、大輔の命婦は、「赤い鼻の話よ」と答えます。女房達は、不思議に思います。「赤い鼻といったら左近の命婦さん、肥後の采女よね」とざわついている様子。

源氏と宮様の姫君との恋は、「赤い鼻」というドッチラケなお話となってしまったんです。このどんでん返しがなんとも滑稽、ユーモアなんですね。

二条院へ源氏が戻って、鼻に紅花を塗り、紫上に戯れるところでこの恋物語は終わるのです。


高貴であるが、零落して寂しく暮らす姫君との恋。男のロマンに対する滑稽でドッチラケな末摘花との恋物語いかがでしたかという紫式部のアイロニーに満ちた話し声が響いているような結末です。紫式部という物語作者の構想の豊かさに感じ入るばかりです。


ところで、笑いものにされてしまった末摘花という姫君。源氏に見捨てられずっと幸せに暮らしたようです。紫式部って、優しいですよね。



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