僕の遊び場構想

現代は閉塞の時代とも言える。確かに人との繋がりが希薄で、共同体が存在してないのも理由と言えるが、苦しみの原因が可視化されても僕の終わりなき日常は続く。それは旅とも言える。
そこで閉塞感のある現代を楽しく生き抜く為に遊び場について考えてみた。それは元々セルフカルチャーラボと言う名前で起業してお金を稼ぐ予定だったが現時点での僕はもっと自由な仕事が良いなと思ってるので、セルフカルチャーラボ構想は保留にしてある。
企画書のつもりで遊び場構想を書き留めて置きたいと思っている。
それでは楽しい構想の世界へ、いざ出発。

1、どんな場所にしたいのかの?

僕はこの遊び場は自然な生き方が出来て、やりたい事が全部やれる世界を作ろうと思っている。僕は今色々な事に興味がある。
でも現代社会は分業制である。そして色々好奇心のまま動く人間を余り高く評価しない傾向にある。とても学校的な価値基準で評価が決まっている。
でも社会にはもう一つの道が常にある。いわゆるオルタナティブである。オルタナティブを常に作って行く。僕はオルタナティブと別の言葉がないかと探している。もう一つの場所を作りたい。
具体的な事は何も決まってない。でもそろそろこの僕が作りたい場所の大枠を説明しても良い気がする。
農業が出来て、猟が出来て、工芸が作れて、絵が描けて、歌が歌えて、人が遊びに来る。物凄くざっくりしてるけどこれから考えを固めて行く予定だ。

2、遊べない現代

僕は仕事が嫌である。もっと言うと労働をしたくない。その強い思いを徹底させてみたいと思う。軽く遊ぶのではない。命を懸けて本気で遊びたい。僕の想像力を本気で全部形にしてみたい。僕は軟弱かもしれないが、楽しい生活をしたいのだ。

3、願わくば、他人も巻き込んで行きたい


他人と遊ぶ事はとても楽しいと思う。でも、作られた遊び場は作りたくない。僕自身そういう作られた物の中にも好きな物はある。でも、僕がやる作業は全部一から作ってみたい。それは昔茶人が茶室でやっていた作業でもある。僕が楽しみ、他人も楽しむ。心地よい空間とお金の流れまでをクリエイトして行きたい。全ては一から作れるはず。何故なら今ある全ての物は人間が作ったから。

4、僕の違和感。

僕は必要なお金以外の余計なお金を馬鹿みたいに稼ごうとも思った事はないし、家を建てる気もないし、所謂勝ち組になる気もない。と言うか勝負なんかしたくない。でも、ただ楽しみたいと言う欲望は常に存在している。肩書きに囚われず、好きな事を好きなだけ作ったり、インプットアウトプットしたり、書いたり、歌ったり、書いたり、描いたり、出来る場所を作ってみたい。それこそが教育にも繋がると思っている。そして分業制と肩書き社会が僕は嫌いである。

最後に。

これは草稿である。そしてこの言葉を君達と僕に贈りたい。これが最後である。またいつの日か。

お前の人生はまだ終わっていない草稿である。

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