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2018/6 MSV Duisburg 樫本芹菜選手シーズン総括インタビュー 3/3

―はじめて練習を訪れて見た時から、Danica Wooと親しい間柄なんだろうなぁと思えたのですが、彼女とはどういう経緯で親しくなったのでしょうか。



「ダニカも気が強い方で、最初のころは話しかけてもあまり話が長続きしなかったですし、第一印象的はこの人とは仲良くなれずに終わるんだろうなと思っていました。おもしろいことに、彼女はすでにドイツも三年目でドイツ語も全然問題ないんですけど、ドイツ語を喋ろうとはしないんです。というのも本人が『英語を喋らなかったら失くしてしまうから』。自分が英語を喋れるというのがダニカにとって良いポイントかは分からないですけど、自分が調子を崩しているとき、一個一個のプレ―に対して自信をなくしているように見えて『もっと自信もってやりなよ』と言ってくれたり、ゲーム前にも『深く考えずに自分のプレーをすれば大丈夫だから自信もって』と声を掛けてくれた。ダニカのご両親とも仲良くさせてもらっていて、必然的に仲良くなりました。 もう一人のPia Rijsdijkとも仲良くなって一緒に遊ぶようになり、三人で一緒に食事に行って愚痴をこぼしあってストレス発散に付き合ってくれたりとか。シーズンを終えてみたら、仲良くなっていたという展開になりました」

―それがいわゆる、他力本願という意味なんですね。
「ドイツでのことだけじゃなく、アメリカでもそう言えて、勉強する暇があったらサッカーをしたいとまで思っていた自分がなぜここまで変えられたかと言うと、サッカー以外のビジョンを描いていて勉強もしっかりこなしていながらNCAA Division1という高いレベルでプレーする、尊敬できる友人やチームメイトがいるから、そこに感化されたという意味もあります。ダニカとピアについて言えば、自分がすごく不調に陥って、サッカーのやり方を忘れてしまったんじゃないかというぐらい、自分が自分を見放そうとした時でさえ、二人はもっとできるから自信もっていけと手を差し伸べてくれてくれた。プライベートでもゴシップ話をしたりしますが、他国の政治や宗教についても話題に上がったりして、そういうことを自然にできることがかっこよかった。自然と良いように変われてきたとは思えるんですけど、 それはやっぱり自分が変わったではなく、周りが良い影響を与えてくれて変えてくれたと思えるんです。なぜ良い方向に変われたと自信を持って言えるかと言うと、そばにいてくれた友人たちが自慢の友人だと胸を張って言えるからこそ、自分は良い方向に変われた。自分に自信を持てるのは、自分が努力してきたどうこうというより、周りがすごい人たちであったり、尊敬できる人であったから、影響を与えてくれたからこそ、 自分は自信を持てる。だから『自分の人生は他力本願です』とツイートしたわけです。人より秀でているところはどこですか?と聞かれたら、どこに行っても周りに恵まれることですと胸を張って言うようにしています」

―(二人は)そうなりたいと思わせるような存在なのでしょうか?
「ああいう風になりたいと思うのはもちろんですけど、大好きだからもっといろんな思い出を共有したいし、これからチームは離れますけど、一緒に会うこともあるでしょうし、隣に胸を張って立っていられる存在になりたい。隣にキラキラした二人がいて、自分は対照的に見られるというよりは、胸を張って肩を並べて立っていられるような存在になりたいと思わせてくれる二人ではありますね」

―来季についてですが、第一優先の舞台はスペインということだそうですが。
「そもそもスペインサッカーが好きで、男子サッカーもスペインしか見ないので、スペインでできれば理想かなと思うんですけど、ビザの関係でプレシーズンに契約できても、一度日本に帰国してビザを申請しないといけなかったりで、契約を取れたとしてもプレシーズンの全てか、最悪シーズン最初の時期は欠場しなければいけない可能性も無きにしも非ずで、一年目のシーズンでスタートの段階を逃すのは実力云々よりフィットしていけるかどうか難しいかなと、ドイツ一年目を終えての思うことでもある。こだわってやるのはリスキーかなと思っていて、まだ代理人を通して話を進めてもらっていますが、まだはっきりしていません。同時進行で他のヨーロッパのクラブであったり、去年シアトルでトライアウトしたときに助けてくれた代理人がアメリカのチームもまだ外人枠は埋まっていないチームがあったりするので、コンタクトは取ってもらっています。それに、自分は海外に来てからの変化が好きだから、海外にこだわりたいです」

―5月27日にツイートされたことですが、どういった心境の変化があったのでしょうか。
「サッカーが好きで、選手以外にもいろんな形で携われるんですけど、やっぱり主役は選手なんです。 プレーする以上に、楽しみだったりワクワクさせてくれるものはない。そこに代えられるものはないから、やりきったと思えるまでプレーしていくんだろうなと思っていたんですけど、今年ブンデスリーガという世界トップレベルのひとつのリーグで一年を戦ってきて、とくにMSV Duisburgはプロ契約をする選手が少ないので、これをプロチームとしての基準として考えるのは間違いなのかもしれないですけど、スタッフのプロ意識、トレーニングでのアプローチ方法、選手のメンタルケアであったり、想像していたプロの世界とはかけ離れていたものがあった。かと思えば、 世間的にあまり知られてはいないかもしれないけど『こんな考えもあるんだ』ということを発信してくれる人たちがTwitterの世界にはたくさんいたりする。それで尚更トップリーグで戦うチームのコーチやスタッフがこういう意識なのか、ということに『こんなレベルなんだ』と思うことがあった。一番何より悲しかったのは、ウチは今季いい選手は揃っていたんです。シーズン途中で契約解除となった代表経験もあるアタッカーで言えば、いいプレーはしていたのに監督のやり方で潰れてしまって、他の選手も活かされなかったことが自分の目から見ててたくさんあった。自分は割と昔から、コーチになったらこうやりたいという目線があって、選手として言われたことを全部聞くではなくて、自分がコーチになった時のためになるなぁと思うこと、例えば選手として受け容れられないことを言われたとしても、監督の立場から考えるとこういう意図で言ったんだろうな、ということを考える癖があった。一方、今年はというと周りの選手を見ながらこれはできないけど、こういうことはほかの選手よりできるんだ、そういうことを自分は見えつつも監督が見えていなかったり、とりあえずスタメン11人ハッピーであれば、他の選手はどうでもいいみたいな振る舞いであったり、そういうことに悲しいというか傷ついた。自分に対しての対応もムカつくことはありましたが、それ以上に苦しんでいるチームメイトを見るのがしんどかった。自分がぶち当たってきたこと以上のことで苦しんでいるチームメイトもいました。自分自身の人生も大切ですけど、こういう現実を見ると変えていかなきゃいけない、何かをしていかなければいけないと思うようになって、それをやっていこうとしたら選手という立場では難しい部分もあるかな、ということでこれはもしかしたら思ったよりも早く引退するんじゃないかなと思ってツイートしました」

―たとえば、ワールドカップ決勝でベンチにいる控え選手がいまプレーするチームメイトを鼓舞したりとか、チーム全員がひとつの目標に向かってコミットするように導ける存在になりたい、ということでしょうか。
「そうですね。実際に戦っているのは11人で、その11人がしっかりやれていれば問題ないんじゃないかと思われるかもしれませんけど、ホントおもしろいことにベンチの雰囲気はチームのパフォーマンスにすごく関係するんですね。実際に経験している人じゃないと、分からないかもしれません。U-17ワールドカップも、とても悔しかったです。そもそも出れない理由が自分のパフォーマンスに自分自身が納得していなかったので、外されるだろうなというのは分かっていました。納得はしたくないけど納得していたので。だからといって腐って何もできないではなくて、チームキャプテンとしてできることはあると思って、スタメンで出れていないチームメイトだけを呼んでミーティングして、泣きながら話ししたりとかして頑張っていこうとしました。そしたら紅白戦で、スタメン組に勝つときもありました。そういう経験があったから今季でいえば、自分はゲームに出れていないけど、前期全敗のなかずっとプレーしてきたチームメイトの方が自分よりしんどかったと思うんです。チームに関していろいろ思うことはありましたが、まず自分が気落ちせずに、ダニカが自分に言ってくれたように積極的に声をかけていきました。そんななか、ベテラン選手や監督、コーチがどう振る舞っているか、どう振る舞うべきだったかを良い意味でも反面教師としても多くのことを学べました。選手としては不毛な一年でしたが、学んだことはとても多くあります」

―それを聞くと、チームプレイヤーの鑑と思えます。
「全然ですよ。自分がチームを勝たせたと言わせたいという気持ちですから。ピッチではやりたい放題やりたいというか。ただそれを、ピッチ外でもやってしまうとダメです。全員が全員自分が一番になりたいでは、チームスポーツとして成り立たないです。日本人って自分の殺す部分があるので、ピッチではそれくらいわがままにやってもいいと思うんですね。でも、若い選手とかでもそれが問題視される場合があったりするじゃないですか、調子に乗っているとか。それは何が問題かといえば、ピッチ外でもピッチ上のように振る舞っているからであって。その節度を持っていればうまくやれるんじゃないかと思います。でも自分はピッチに立てば Selfish と言うか、自己中だと思います。樫本芹菜の人生を大きなピクチャーとして捉えると先ほど話した他力本願という自覚があり、それで周りへの感謝の気持ちだったりを忘れずにいさせてくれるので、うまくバランスが取れているのかなと思います。今回の取材を通しても言いたい放題言っていますし(笑)。こういうことって言えば言うほどアンチも出るじゃないですか。それこそ本田圭佑選手なんてビックマウスとか言われてきて、結果が出なければ叩かれるじゃないですか。だからリスクはあるんです。嫌ですし、言いたくはないんですけど、誰かが言わないと、やらないと結局は変わらないんですよね。 それをすれば将来、後の選手たちがもっと効率よくできることはあると思います。もし自分が何もせず、次の選手たちが何も知らずに同じ道を辿っていったということを後々自分が知ったら、後悔するのは自分だと思います。本当はもっと幸せな、静かな人生を送りたいですけど、言っていくしかないのかなと思います」

―今季、苦しいこと、しんどいことが多くあって、幸せを感じることはあまりなかったんでしょうか?
「いや、幸せですよ。周りから見ても自分の人生って遠回りなんですよね。遠回りだと思われてるんですよ。それこそアメリカ留学にしても、それまでは日本で順風満帆に代表に選ばれて、ワールドカップではチームキャプテンに選ばれて、 アメリカに行ってからは代表からはパタリと途絶えて、ドイツに来たらゲームに出れていない。日本に残っていれば、日本で開催されたU-20ワールドカップにも選ばれていたかもしれない。でも自分の中では日本に残って代表という道を選んでいたら、今ここまで上がっているポテンシャルを潰していたかもしれない。自分は遠回りすることで、今季でいえばダニカやピアといった友人であり、大切なものを拾えて来たし、樫本芹菜という人生の道のりの中でここだけは絶対外してはいけないことを遠回りしながらも、自分はひとつも逃さずに経過してきたという自信があります。だけど、自分がこれから発信していくことであったり、何かを変えていこうという活動をする中で、こういう道を通らないとここまで来れなかったのが、これからの選手達はもっと効率的な道でかつポイントも見逃さずに来れるんじゃないかと思うからこそ、変えたいと言うだけであって。 この遠回りが一見すると幸せではないといえばそれは間違いで、確かに今季を振り返って不調のときはしんどすぎました。でもあの二人に出会えて、そういった時期もあってこそ改めて幸せが際立つと言うか、周りの存在のありがたさに気づかせてもらった。母とも電話して、『あなたの人生は何も起こらずにスムーズにいくことはないね。なぜ、そんな大変な道をいくの?』と言われるけど、自分の中ではこれ以上幸せな人生はないと思っています。 一見すると、今季はしんどいこともあったけど耐え抜いたねと思うでしょう。確かに、終わったという安堵感はあるにしてもそれ以上に、チームメイトとのお別れが悲しかったり、そういうふうに思えることは間違いなく、周りの人に恵まれたという証拠であって、そう思える人生というのは自分の中では素晴らしいことだと、とても幸せな人生を生きさせてもらっていると思います」

インタビューの翌週、樫本は一時帰国の途についた。出国前に少し話す時間があった。そこでも彼女は、ロシア・ワールドカップを通して見える世界と日本サッカーの現状や、女子サッカー発展のためには他のスポーツからアイデアを得るのは大事だと、これまで三度語っていただいた時と同じ調子で、また一時間でも二時間でも話していられそうな雰囲気だった。
今回、私は彼女から多くを学べた。そして、もっと早く会うべきだったと後悔している。何より、樫本芹菜のプレーを見ることができなかったことが心残りだが、それは次の機会に取っておこう。少なくとも彼女はこれからも、彼女自身が自信をもって言う、必然の幸せな人生を歩んでいくのだと思う。

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