慣れ

自分でいうのもなんだが、私はきれい好きだ。あるいは潔癖と言ってもよい。

食器は必ずすぐに洗うし、何かあるたびにすぐ手を洗う。友人が家に遊びに来た後は家の掃除をする。

ある時私は病気にかかった。病気と言っても一週間もすればよくなる類のものだったが、一人暮らしだったもので、それはもう大変だった。どれだけ体調が悪くとも、腹は減るし、洗濯物は出てしまう。起きて食ってまた寝てを繰り返す生活の合間に、それらを何とかこなしていた。しかし、シャワーを浴びる体力だけはなかった。シャワーを浴びるのに莫大な体力が必要と思えたのだ。

結局私は1週間と数日、シャワーを浴びずに過ごした。それまで毎日風呂に入っていたため、この体験は私には初めてのものだった。温めた濡れタオルで体を拭いてはいたが、髪はべたつくし、頭は痒いしで不快は不快。しばらくぶりの入浴をしたときは身も心もほぐれた。

 しかし、それからというもの私の心に変化が起きた。これまでは毎日風呂に入っていたのだが、外出しない日は風呂に入らなくてもよいのではないか。と、思うようになってきたのだ。さすがに人と会うには気が引けるが、誰も見ていないのなら、あれだけの長期間風呂に入らなくても何とかなったのなら、1日くらい良いのではないかと思うようになってきたのだ。

とはいえ、風呂に入らなかった日は髪のべた付きが気になるし、その日の夜、寝る前には頭がかゆくて仕方なく、朝起きてすぐにシャワーを浴びていた。一度布団に入ってから、やっぱり気になって結局シャワーに入る、といった日も少なくなかった。

さらに変化があったのは先日のことだ。シャワーに入らずに寝ても、これと言って特に不快にならなかったのだ。寝る直前には気になっていたのだが、起きてみるとそれほど気にならず、朝シャワーをせずに一日過ごした。

慣れというものは、まずは心から、次に体も慣れるのかもしれない。と、シャワーを浴びながら考えた。

でもやはり、シャワーを浴びた後では、それ以前の状態がよっぽど不快だったことに気づく。とにかく気持ちよいのだ。

※この話はフィクションです。

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