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異聞 駕洛国記

 その地は豊かでしたが、人々の暮らし向きはよくありませんでした。なぜなら、この地の九人の領主たちが自身の領地を広げようと互いに争っていたからでした。
 住民たちは、うんざりし“こうなったのも、この地を治める王がいないためなのだろう”と常に口にしていました。
 こんな暮らしの中でも人々は毎年、三月の上巳になると、北側の川に行き沐浴し、その後皆で会食して厄祓いをするのでした。
 ある年の三月上巳の日のことでした。いつものように沐浴に行くと近くにある亀旨峰から呼び声が聞こえてきました。不思議に思った人々は峰に行きましたが声の主は見当たりません。
「誰かおらぬか?」
 声の問い掛けに一人が答えました。
「私たちがおります」
 声はさらに尋ねました。
「ここは何処か?」
「亀旨です」
 先ほどと別の者が答えると声は話し続けました。
「天が私にこの地の君主になれと言われたのでここに降りて来た。汝らは峰の頂上の土を掘りながらこのように歌うのだ 
 亀よ亀よ頭出せ、出さねば焼いて食ってやる
このように歌い舞い踊って待っておれ」
 人々はさっそく頂上へ行き、“亀よ亀よ‥”と歌いながら土を掘り舞い踊りました。
 暫くすると上空から紅色の風呂敷包みが括り付けられた紫色の紐が降りてきました。
 人々が包みの周りに集まりました。一人が包みを解くと金色の合子(蓋つきの器)が現れました。蓋を開けると中に黄金の玉子が入っていました。
 神々しい輝きに一同は驚き、そして、とても有り難く感じてその場で百拝しました。
 その後、蓋を閉めて風呂敷に包みました。
 包みは取り敢えず長老が持ち帰り、翌朝、彼の家に集まって再度確認することになりました。
 東の空が明け始めると人々が続々と長老の屋敷に集まって来ました。
 人々の前で長老がおもむろに包みを解き蓋を開けると、男の子が現われました。端正な顔立ちで高貴な雰囲気をまとった男児の前に人々は平伏しました。
 男の子は長老の家で面倒をみることになりました。彼は日ごとに成長し十数日後には立派な青年になりました。
 人々は彼を王に推戴し“首露”と名付けました。
 王になった首露が、まず行なったことは九人の領主を配下に置くことでした。これは思いのほか容易く出来ました。人々が大喜びしたのは言うまでもありません。これで、落ち着いてそれぞれの生業に専念出来るようになったからです。
 この頃から、人々は自分たちの国を“駕洛”と称するようになり、王もそれを追認しました。
 もとより良い土地だったため、世の中が安定すると生産力が上がり人々の生活は豊かになりました。
 さて、この頃、花厦国の王族である脱解が首露の国にやってきました。母国で王になれる可能性が全く無かった彼は自分の居場所を求めて国外に出たのでした。
 首露王の話は花厦国にいた時から耳にしていました。
“土地が豊かで王も年若い。ここがいいだろう”
 脱解は首露を追い出して、この地の王になろうと心に決めました。
 駕洛国に着くと脱解はそのまま王の居所に行きました。
 そして鷹に身を変えて寝台で眠っている王を襲おうとしました。その瞬間、王は鷲になって応戦しました。すると脱解は雀に変身し身をかわそうとしましたが、王が隼に身を変えて捕らえようとしました。観念した脱解は人間の姿に戻ると首露も元の姿に戻りました。
 王の前に平伏した脱解は次のように言いました。
「この国を奪いに来たが、あなたは術でも仁徳でも私よりも優れていることが分かりました。本来でしたら、あのまま殺されるところをあなたはそうしませんでした。まさに聖人の行ないです」
 脱解は、立ち上がると居所を出て、鶏林へと発ちました。
 首露が脱解を追い出したことは、すぐに人々の間に伝わりました。
「天が遣わされた首露王はやはり素晴らしい方だ」
 人々は王のもとに集い、三日三晩その徳を讃え歌い踊りました。
 この祝祭の様子は後々まで駕洛の人々に長く伝えられたのでした。


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