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【試し読み】『児童精神科医が語る あらためてきちんと知りたい発達障害』

発達障害とはそもそもどんな障害なのか、「治る」ものなのか、周りの人たちはどうしたらいいのかーー。
弊社刊『児童精神科医が語る あらためてきちんと知りたい発達障害』では、そういった疑問について、日々子どもたちの診療にあたっている児童精神科医がわかりやすく解説します。

今回は、著者の篠山大明先生が、発達障害を‟あらためて”考える意義と、発達障害へ向き合うスタンスを誠実に執筆された、第1章「発達障害という「社会現象」」の冒頭を公開いたします。ぜひご覧ください!

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●「社会現象」の背景

私はふだん、主に大学病院の子どものこころ診療部というところで診療を行っています。子どもの診療を始めて十数年になりますが、一部の子どもたちはすでに成人期を迎えています。その多くは何らかの発達障害の診断がついた子どもたちですが、時期的にはちょうど2006年の学校教育法改正によって始動したばかりの特別支援教育の対象となった子どもたちです。
 
特別支援教育の導入によって、多様な子どもたち一人一人に適した学びの場を整えることが学校に求められるなか、どの教育現場でも保護者と連携しながら発達障害がある子どもたちに対して必要な支援を提供すべく試行錯誤が繰り返されてきました。そのような環境で育ち成人した発達障害がある方々のこれまでの歩みを振り返ると、発達障害の概念が導入されたことによって本人や保護者の生きやすさがいかに向上したかを感じ取ることができます。その反面、発達障害診断の意味や求められる支援について理解を得ることの難しさもたびたび経験してきました。
 
ここ数年で、発達障害に対する世の中の関心はかつてなく高まってきました。実際に、発達障害と診断される人数は驚くべきペースで増えています。診断される人がこれほどに増えている主な理由は2つあると考えられています。ひとつは、世の中の関心の高まりによって、発達障害特性を持つ人が
発達障害を疑われ診断にまで至る割合が増加したことです。もうひとつは発達障害の概念自体が時代とともに拡大してきたことです⁽¹⁾。つまり、発達障害特性を持つ人が激増しているわけではなく、増加の理由の大部分は、発達障害の概念が普及したことや概念そのものが変化したことによるのです。
昔であれば何ら異常とされなかった人たちまでもが発達障害と見なされているこの現状に違和感を覚える方も多いことかと思います。

「社会現象」のような言い方をすると、「発達障害」がまだ世の中に定着していないという印象を与えるかもしれません。確かに、発達障害の概念は、医学的にも社会的にもまだ発展途上であり今の概念のままで定着していくとは思えない部分が多々あります。今まで歴史の中で発達障害の概念が変遷
を遂げてきたように、これからも発達障害の概念は変わり続けるでしょうし、おそらく「発達障害」という用語自体も、社会事情の影響を受けながら、その時々にふさわしい用語に変わっていくものと思われます。
 
けれども、社会現象になっている背景には、この概念を取り入れて解決すべき現代社会の課題が存在していると考えられます。多様性の容認が求められる現代社会の中で生まれたこの課題は決して一時的な現象ではないと思います。仮に発達障害の概念が今後変遷し続けるとしても、多様性を巡る課題について考えていくうえで、今日までの「発達障害」が何を意味してきたかの理解を深めておくことには少なからぬ意義があると言えるでしょう。この本では、時代とともに変遷する発達障害の概念について整理し、子どものこころの診療や学校教育に発達障害の概念が導入される意義についてあらためて考察してみたいと思います。

●一般的な定義

発達障害の定義はひとつに定まっているわけではありませんが、今の日本で「発達障害」という場合は行政用語としての発達障害を意味することが多いようです。この定義は発達障害者支援法によって定められていて、「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するもの」と記載されています。
 
混乱を招きやすいのは、ここ十数年の間に用語が何度か変更されていることです。自閉症、アスペルガー症候群などは広汎性発達障害の一部と定義されていましたが、今では広汎性発達障害ではなく、ほぼ同義のASD=自閉スペクトラム症(または自閉症スペクトラム障害)という用語が使われるようになりました。ADHD=注意欠陥多動性障害についても注意欠如・多動症(または注意欠如・多動性障害)という用語に変更されています。自閉スペクトラム症と自閉症スペクトラム障害の違い、および、注意欠如・多動症と注意欠如・多動性障害の違いは、単に英語の用語をどう訳しているかの違いです。以前は「〜disorder」が「〜障害」と訳されていたのですが、最近では「〜症」という訳し方が主流になってきました。この日本語訳の変更も、今後の日本における発達障害の捉え方に影響を与えると思われます。

●診断時によくある疑問

子どもの診療で自閉スペクトラム症やADHDなどの診断を伝える場合、最初は保護者の方だけに診断をお伝えします。とくに発達障害があっても知的障害がないお子さんの場合、保護者の方は子どもが発達障害であることに気づいていなかったり、発達障害であってほしくないという思いで受診されていたりすることがあるので、診断を伝えられたときに少なからずの驚きを持たれることは珍しくありません。お伝えするときには、正しく伝わり適正に受け止めていただけるように最大限の注意をするのですが、それでも保護者の受け止め方はさまざまです。保護者の受け止め方は社会における発達障害の概念の捉え方を反映していると考えられるので、診断をお伝えしたときにときどき聞かれる疑問や意見をいくつかあげ、それぞれについて検証してみます。(続きは本書にて)


(1)篠山大明・本田秀夫「自閉スペクトラム症は増えているのか」、『臨床精神医』45⑴、2016年、29-34頁

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