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【試し読み】『分析フェミニズム基本論文集』

近頃、出版界ではフェミニズムの関連書籍が活況を呈しています。今回ご紹介するのは、『分析フェミニズム基本論文集』という一冊です。

脳がバグりそうな印象的なデザインは服部一成さん

「分析フェミニズム」ってなに?と思われる方も多いかと思います。分析フェミニズムとは、英米系の分析哲学と呼ばれる学問潮流のなかでフェミニズムに関わるさまざまな問いに取り組む分野です。90年代以降に確立した比較的新しい分野です。

「哲学」というと男性の専売特許という印象が少なからずあるかと思います。そんななかで、女性やマイノリティの問題を扱う「分析フェミニズム」は、実際の社会とのかかわりの中で、今後さらに拡大していくのではないでしょうか。『分析フェミニズム基本論文集』では今でも多く読まれている重要論文を8本収録しました。形而上学、認識論、倫理学の主要なトピックをこの一冊で知ることができます。

まずはこちらの編訳者である木下頌子さんの「解説」の抜粋をぜひご覧ください。

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編訳者解説           木下頌子


 本書は、分析フェミニズムの重要文献を集めた論文集である。「分析フェミニズム」という言葉は、「分析哲学」の伝統に属する「フェミニスト哲学」のことを意味する。分析哲学は、ごくおおざっぱには、概念の整理や明確な論証を重視する傾向をもつ、英語圏で主流となっている哲学的伝統のことであり、分析フェミニズムは、こうした分析哲学において蓄積された手法に基づいて、女性や性的マイノリティが被る抑圧に関連する様々な問題を探究する分野だと言える。また、分析フェミニズムは分析哲学のあり方を問い直すという側面をもち、分析哲学において重視される概念や論じ方の偏りを是正することや、哲学の組織の多様性を高めるための働きかけを行なうことも試みられている。

 分析哲学においては、1960 年代以降には一部の分野でフェミニズムに関わる問題が論じられていたものの、「分析フェミニズム」という呼称が使われるようになり、分野として確立したのは1990 年代以降のことである。しかし、その後この分野は急速に発展し、現在では形而上学、認識論・科学哲学、言語哲学、政治哲学、倫理学、美学など幅広い領域に関わるフェミニズム的問題を論じる一大分野となっている。また日本においても、特に近年分析フェミニズムに分類しうる論文や翻訳の刊行が進んでいる。

 本書は、こうした分析フェミニズムにおいて大きな影響力をもつ論文を集めたものである。ただし、先に述べたように現在の分析フェミニズムは広大な分野であるため、本書ではまず形而上学(ジェンダーの形而上学)、フェミニズムにおける重要トピックの一つ「性的モノ化」、そして認識論(証言的不正義、スタンドポイント理論)と大きく三つのテーマに関わる論文を収録することにした。それぞれ「Part I ジェンダーとは何か?」、「Part II 性的モノ化」、「Part III 社会的権力と知識」と部分けされている。今回やむなく見送った言語哲学や美学などに関わる論文については第2巻を企画し訳出することを検討中である。

 本書に収録された論文の内容については以下で個別に解説するが、いずれの論文も、重要な概念に定義を与えたり、不正さの根拠を明らかにしたりすることを通して、フェミニズムに関わる議論に貢献しようとする点では共通している。その点で本書が、分析フェミニズムに興味をもつ読者だけでなく、フェミニズムの問題についての理解を深め、丁寧に論じたいと感じる読者にも役立つものであることを訳者としては願っている。以下では(紙幅の関係上かなり駆け足になるが)、各論文について概説していくことにしよう。

Part I ジェンダーとは何か?

 フェミニズムの歴史において、ジェンダーとセックスを区別することは、男女の区別が単に「自然」な生物学的区別ではなく、社会的に構築される側面をもつことを認識できるようにした点で大きな意義をもっている。しかしその一方で、ジェンダーとは何かは難しい問題である。ジェンキンズ論文の冒頭で述べられているように、フェミニズムは女性への抑圧を終わらせることを目指しており、そのためにはジェンダーとしての「女性」の集団を特定することは重要な課題になりうる。他方で、「女性」を定義づけようとする試みは、多様な女性の共通点を取り出すことが難しいだけでなく、定義することで一部の人々を周縁化し排除することにつながりかねないという問題がある。本書では、こうした問題を踏まえつつジェンダーとは何かという問いに答える試みとして、現代の議論の参照点となるハスランガーの論文と、その代表的な批判であるジェンキンズの論文を訳出した。

1 サリー・ハスランガー「ジェンダーと人種」(2000)

  ハスランガーは、米国マサチューセッツ工科大学教授であり、形而上学、認識論、言語哲学を主な専門とする。ここで訳出した論文は、ハスランガーの最も影響力のある業績の一つであり、2000 年の「年間最優秀哲学論文(Philosopher’s Annual)」にも選出されている。この論文はジェンダーと人種の両方に分析を与えるものだが(ともに社会構築されたカテゴリーとして類比的に分析される)、ここでは特にジェンダーに焦点を当てて解説することにしたい。

 上述のように、ハスランガーの論文の目的は、ジェンダー(や人種)とは何か、すなわち、女性や男性(あるいは人種)をどのような人々の集まりとして特徴づけるべきか、という問題に答えることである。そのためにハスランガーは、まずこの問いに答えるための方法論を明確化することから議論を始める。

 ハスランガーによれば、「X とは何か」(「女性(男性)とは何か」)という問いに答えるための探究方法には三つのものが考えられる。すなわち、女性(男性)についての私たちの日常的理解を明らかにする概念的探究、女性(男性)の共通性を経験的手法を用いて明らかにする記述的探究、そして、私たちが「女性(男性)」という概念を使用するときの目的を考慮し、その目的に最も役立つ概念を特定する分析的探究である(分析的探究は、後に「改良的(ameliorative)」探究と呼ばれ、現在ではこちらの呼び方が一般的である)。これらのうち、ハスランガーは分析的探究を採用する。そのうえで、フェミニズム理論の最も重要な目的は、男女間に存在する不平等を理解しそれを是正することであり、その目的に最も資する概念こそが、私たちが求めるべき「女性(男性)」の概念だとハスランガーは論じる。

 こうした方法論に基づいてハスランガーが提示するジェンダー概念の分析は、おおざっぱには、(1)女性が男性に対して従属的な地位に置かれること、(2)女性や男性の分類が、人々がもつ(あるいはもつと推測される)セックスの違いに基づいてなされることの2 点に注目するものである(詳細については論文を参照してほしい)。もちろん、時代や文化に応じて、女性が置かれる従属的地位や、女性と男性を区別するための身体的な目印は異なる。しかし、身体的な目印に基づいて女性と男性が分類され、女性が男性に対して従属的な位置に置かれるという共通のパターンは時代や文化を超えて存在するのであり、その共通のパターンを捉えるジェンダーの概念こそが、フェミニズム理論の目的にとって最も役立つものだとハスランガーは考えるのである。
…………

続きは、本書をぜひお読み下さい。

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目次

◆Part I ジェンダーとは何か?
1 ジェンダーと人種――ジェンダーと人種とは何か? 私たちはそれらが何であってほしいのか?(サリー・ハスランガー、木下頌子訳)

2 改良して包摂する――ジェンダー・アイデンティティと女性という概念(キャスリン・ジェンキンズ、渡辺一暁訳)

◆Part II 性的モノ化
3 邪悪な詐欺師、それでいてものまね遊び――トランスフォビックな暴力、そして誤解の政治について(タリア・メイ・ベッチャー、渡辺一暁訳)

4 性的モノ化(ティモ・ユッテン、木下頌子訳)

5 イエロー・フィーバーはなぜ称賛ではないのか――人種フェチに対する一つの批判(ロビン・ゼン、木下頌子訳)

◆Part III 社会的権力と知識
6 社会制度がもつ徳としての認識的正義(エリザベス・アンダーソン、飯塚理恵訳)

7 認識的暴力を突き止め、声を封殺する実践を突き止める(クリスティ・ドットソン、小草泰・木下頌子・飯塚理恵訳 )

8 なぜスタンドポイントが重要なのか(アリソン・ワイリー、飯塚理恵・小草泰訳)

編訳者解説(木下頌子)
出典一覧
人名索引
事項索引

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