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【試し読み】『ネコはここまで考えている』 ネコとヒトのもっといい関係のために。 

 ネコの人間界の席巻が止まらない。「ネコノミクス」と呼ばれる経済効果は今年(2022年)だけで約2兆円にものぼると言う。もちろん出版業界にもこの空前のネコブームは及ぶ。本屋に行けばネコの写真集から漫画、ネコ雑誌、エッセイ、研究書が並び、しまいには猫本専門書店まで登場した(世田谷区と神保町にあるらしい)。
 ネコやイヌのようにヒトと共に生活し、家族のような存在となった動物を「伴侶動物」と呼ぶ。およそ9500年前からネコとヒトは共生し、長い時間をかけて、いい関係を築いてきた。
 それでは、ネコは日ごろから何を考えているのだろうか。これほどまでに親密な関係にありながら、1万年経ってもネコの頭の中はヒトにとってミステリアスなままである。そろそろその心を覗いてみたいものである。
  先月(2022年9月)この疑問に答えてくれるような、ネコ研究の最前線『ネコはここまで考えている――動物心理学から読み解く心の進化』を刊行した。好評のため1カ月経たずに増刷した。著者の高木佐保さんは、いま世界で最も注目される「ネコ心理学者」。画期的な研究を次々発表し、国内外のメディアにもよく登場している。先日も紹介記事が出たばかりだ。

「好きだからこそ、もっとネコのことが知りたい」という思いから、高木さんはネコの特性に適した独自の実験方法を考案し、10年にわたってネコ研究にいそしんできた。協力してくれたネコは500匹にものぼる。
 その集大成たる本書には、皆様のご期待通り可愛いネコの写真も登場する。ネコの心の中を覗くことは、ネコの幸福にもつながりうる。ここで紹介する「はじめに」を読んで、その理由を是非知ってもらいたい。


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はじめに

 ネコ好きが高じて、気がついたらネコの心理学者になっていました。

 幼い頃から動物が大好きだったわたしは、動物たちが「何を考えているのか知りたい!」と純粋に思っていました。大学生で比較認知科学という学問と出会い、本格的に動物の研究を始めました。比較認知科学とは、様々な動物の認知能力を明らかにし、またその結果を比較することで“心の進化史”を解明しようとする学問です。
 「動物が何を考えているのか」。それまで、そんなことは分かるわけがないと信じ込んでいたため、そのような学問があることに衝撃を受けました。動物たちから世界はどう見えているのだろうか。お互いの行動からどんな情報を読み取っているのだろうか。嫉妬や不公平感などの複雑な感情はあるのだろうか……。こんな疑問に科学的な視点から答えを発見できるかもしれない。それからは動物研究に明け暮れる日々がつづきました。最初の頃は、げっ歯類のデグー、新世界ザル(霊長目キヌザル科・マキザル科に属するサル)のフサオマキザルなども研究対象にしていました。でも、気づけば大好きなネコの研究にのめり込んでいました。2013年には京都大学の研究室を拠点に、千々岩眸氏や荒堀みのり氏をはじめとするネコ好きの大学院生が集まって研究グループを立ち上げました。この本では、わたしが中心となって進めてきた、これまでのネコ研究の集大成を発表します。2013年から2022年の間に実施した9つの実験を通して、謎に包まれたネコの心に迫りたいと思います。

わたしたちと共生するネコたち

 わたしの研究では、アフリカやヨーロッパに生息するリビアヤマネコを祖先種とする「イエネコ」を対象にしています。イエネコとはヒトによって家畜化されたネコのことで、いわゆる“猫”のことです。最近ではイヌと共に「伴侶動物」とも呼ばれています。
 わたしたちは、ネコが飼い主さんと普通に生活するなかで、どのようなことを学んでいるのかを明らかにしようと研究しています。そのためには、大学でネコを飼育するのではなく、たくさんの「一般の」ネコに協力してもらわなくてはなりません。研究を開始した当初は、協力してくれるネコが見つからず、知り合いのつてをたどって必死にネコ探しをしました。
 また、ネコが日常でどのようなことを学んでいるのかを知るためには、ネコが飼育されている環境も重要です。そこでわたしたちは、家庭で一匹で飼われているネコや、他のネコと一緒に飼われているネコ、さらにはカフェネコで大勢の仲間と一緒に住んでいるネコを研究対象にすることにしました。

第2章の実験2「ネコは同居ネコの名前と顔が分かるのか」に協力してくれたネコたち。
その結果は "yes" だった。

こういった生活環境の違いは、動物の認知に違いを生み出すことが分かっているからです。また、人や他のネコとの関係も変わってくると考えられます。次第に心優しい飼い主の方々が協力の手を差し伸べてくださるようになり、研究は軌道に乗り、多くの成果が得られました。本論を読んでくだされば分かる通り、“実験”といっても、「課題を解決する」ゲームのような内容であるため、もともとネコたちのストレスになるようなものではありません。ですが、もちろんネコがストレスを感じているような素振りを見せると中断しながら研究を進めていきました。

ネコの魅力と認知研究

 ネコの心の研究はまだ端緒についたばかりです。ネコは、他の身近な動物に比べて圧倒的に研究が足りていません。きまぐれでミステリアスで何を考えているのか分からないところがネコの魅力。だから解明することに興味はないという人もいるかもしれません。ネコのこの魅力については大いに共感するものの、伝統的な動物研究はネコの認知能力を過小評価してきた、と知ったらどう思うでしょうか(詳細は第1章を参照)。このままの状況がつづけば、ネコはヒトをどう認識しているのか、などといった謎は解明されないままで、ネコ研究が活発になることもありません。ネコを大切にしたいと願う人たちにとっても、これらの謎が解明されることにはメリットがあります。例えば、ネコが何を分かって、何が分からないのかをわたしたちが理解することは、適切な飼育方法にもつながり、ネコとヒトの関係がもっとよくなることが予想されるのです。ネコが好きだからこそ、わたしはその心や認知を研究し、進化の過程をひもとくことに情熱を抱いています。
 ところで、「心」と聞いて「感情」を思い浮かべる人は多いかもしれませんが、この本で取り上げるのは、喜怒哀楽といった感情ではなく、「認知」と呼ばれる心の機能です。認知とは、音や匂い、映像といった刺激から対象を知覚して、それが何であるかを判断する過程のことです。さらに、その判断にもとづいて行動する「推論能力」とも関わります。わたしのネコ研究やその他のこれまでの動物研究は、ヒトの乳幼児を対象とした認知研究を参照することが多いのですが、それは彼らが言葉を話さないという点で共通しているからです。ヒト以外の動物も自分の特技を生かし、優れた認知能力を発揮して、生活しています。実際に彼らが生活のなかでどのように認知し、思考しているのかが分かるような実験場面を設定し、実験を行っていくことでネコに特有な優れた認知や推論、記憶の能力を追究していきます。わたしたちが何となく思っていたよりも、ネコは柔軟に自由に考えている。このことを知って、ますますネコを好きになってもらえると嬉しいです。

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髙木 佐保(たかぎ さほ)
ネコ心理学者。日本学術振興会特別研究員(RPD)、麻布大学特別研究員。ネコ研究集団「CAMP NYAN TOKYO」所属。 1991年生。2013年同志社大学心理学部卒業。2018年京都大学大学院文学研究科行動文化学専攻心理学専修博士課程修了。博士(文学)。本書の一部を成す業績により2017年度京都大学総長賞を受賞。著書に『知りたい! ネコごころ』(岩波書店)『猫がゴロゴロよろこぶCDブック』(サンマーク出版)がある。

第1章 動物はどのように考えるのか
 1 考えるのに言葉はいらない
 2 動物の思考研究 3つの推論能力
 3 多様な種を比較する〝ものさし〟

第2章 ネコはどこまで物理法則を理解しているのか
 1 動物はどのように〝物理的に考える〟のか
 2 ネコは本当に物理的な推論が苦手なのか
  実験1 音からモノの存在を推論できるのか
  実験2 動きと一致する音からモノの存在を推論できるのか
  実験3 物理的に〝ありえない結果〟にどんな反応をするか
 3 〝物理〟から〝社会性〟へ
 4 〝誰が〟〝どこに〟いるのかを推論できるか
    ──ネコはあなたをこう認識している 
  実験4 飼い主の声から位置を推論できるか
  実験5 物理的な音を再生するとどうなるか
 5 結局、ネコはどこまで推理できるのか

第3章 ネコは〝声〟から‶顔〟を思い浮かべるのか
 1 ヒトと動物のクロスモーダルな推論能力
 2 ネコは〝声〟からあなたの〝顔〟を思い浮かべるのか
  実験1 ネコは飼い主の声から顔を予測するのか
 3 ネコは同居ネコの名前を分かっているのか
   ──ネコの言葉の理解を試す初の研究
  実験2 ネコは同居ネコの名前と顔が分かるのか
 4 ネコの自由な思考の可能性

第4章 ネコは〝どこに〟‶何が〟を思い出せるのか
 1 動物はどのように記憶するのか
 2 動物の〝記憶〟を探る方法
 3 ネコはたまたま覚えた記憶を思い出せるのか
  実験1 エサはどこに行った?
  実験2 あのエサはどこに行った?
 4 ネコは〝偶発的記憶〟を持っている

終章 ネコの思考能力はどのように進化したのか
 1 ネコ研究の最前線
 2 ネコの思考能力はなぜ進化したのか
 3 これからの動物の思考研究

↓本書の詳細はこちらから

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