【試し読み】ナショナリズム論のスタンダード上陸!『ナショナリズム入門』
『Nationalism』など「ナショナリズム三部作」で知られるグリーンフェルドの長年の研究をコンパクトに紹介する著者初の邦訳、『ナショナリズム入門』。
このnoteでは、張彧暋さんによる解説「燃える宝石のような煌めき」より、本書の位置づけや著者について紹介している箇所を一部、特別に公開いたします。ぜひご一読ください。
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1 ナショナリズムを論じること
本作(Advanced Introduction to Nationalism, Edward Elgar, 2016)は、ボストン大学教授の社会学者、リア・グリーンフェルド(以下、敬称略)によるナショナリズムの入門書である。彼女の著作は多数あるが、学術論文以外の書籍はどれも分厚く、邦訳がないためか十分に知られていない(佐藤2002、原2011、関2016などで一部紹介されている)。本書は彼女の著作の初めての翻訳である。
ナショナリズムと言えば、皆さんはどんなイメージを持つだろう。日本だけでなく、欧米でも「ナショナリズム」の印象はよくない。例えば「排外的」「感情的」「戦争と暴力」というマイナスのイメージばかりである。しかし、ネーションについては、「国連(United Nations)」が「ネーションの連合」を意味するように、中立的にも使われている。
日本語では「ネーション」や「ナショナリズム」のようにカタカナの訳語を使うと、より中立的にみえるかもしれないが一方で「国民」や「民族主義」と訳すと、やや主観的なニュアンスが出る。
「国民」「民族」の意味も時代につれて変わってくる。例えば、歴史社会学者の小熊英二の『民主と愛国』(小熊2002)にあるように、日本では1950年代頃、左翼のほうが「民族」という言葉を肯定的に使用していた。しかし、80年代以降、右翼の側がむしろ「ナショナリズム」を肯定的に使うようになる。
日本は非西洋文明の中でいち早くネーションを導入し、制度化したが、ネーションの原理はいまだ完全に理解されていないといえる。原因として、ナショナリズムは単なる不合理な政治思想か、諸悪の根源と考える知識人の思い込みがあるのではないか。「ネーション」の語源を整理せずに、ナショナリズムの起源、歴史的変化、影響を把握できるわけがない。本書は、これまでの研究に基づき、学術な定義を提供し、各国の歴史においてナショナリズムがどう受け止められたかを検証する。
2 著者について
リア・グリーンフェルドは、1954年にソビエト時代のウラジオストクのユダヤ人家庭に生まれた(より詳しい家族史は、彼女による回顧的な文章Greenfeld 1994を参照)。大学教育はイスラエルで受けたが、偶然、デュルケムの社会学にふれたことをきっかけに社会学と人類学を専攻した。その後アメリカに渡り、ウェーバーによるカリスマ性の研究を行う(Greenfeld 2006に所収)。1985年にハーバード大学に就職、その後、最初の本である『ナショナリズム:モダニティに至る五つの道』(Greenfeld 1992)が評判を呼ぶ。1994年にボストン大学に移籍し、現在まで「社会学・政治学・人類学のユニバーシティー・プロフェッサー(看板大学教授)」として活躍している(ちなみに社会学者のピーター・バーガーも同大学の同じ職だった)。
彼女の代表作としてナショナリズム三部作があり、いずれもハーバード大学出版会によって刊行されている(Greenfeld 1992, 2001a, 2013)。本書は、彼女が出す初めての入門書であり、三部作を含む彼女の理論と莫大な業績を簡潔に紹介するものである。
筆者(張)はもともと日本鉄道史や日本のサブカルチャーを対象にして、それらの歴史をナショナリズムの文化・歴史社会学の観点から研究してきた。2019年に日本の大学に移籍する前に、香港で、たまたまグリーンフェルドの集中セミナーを数年にわたり受講していた。
グリーンフェルドは2010年から16年まで、夏に香港嶺南大學の特別招待学者として訪問し、トークやセミナーを行っていた。彼女によるナショナリズム三部作は、ナショナリズム研究界隈では有名で、よく引用されているがどれも分厚く、筆者自身もそれらの深意をよく理解したと言えないので、よい機会と考えていつも参加していた。
2014年(雨傘運動の年)に香港を訪れた際、彼女は東アジアの状況を研究していた。その頃に行われた集中セミナーには筆者も参加しており、異なる分野の学者と大学院生もいた。本書は献辞にもあるようにその内容の一部に基づいて書かれたものである。
3 従来のナショナリズム研究に対する批判
ナショナリズムの研究でよく知られたものとしては、ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』(Anderson 1983)をはじめ、いくつも挙げることができる。グリーンフェルドはその多くを批判する。理由は、ナショナリズムを解釈しようとする主な理論がマルクス主義か唯物論を用い、文化事象としてのネーションを軽視しているからである(この節は、Greenfeld 2005に基づく)。
これらの理論に共通しているのは、文化があくまでも物質的基礎の副産物にすぎないと考えていることである。「想像」とは、実は「リアル」ではないことを意味する。マルクス主義の社会・歴史認識によれば、まず「リアル」な下部構造があり、それは経済的、技術的なもので、それが上部構造の文化・法律・宗教を規定している。ナショナリズムを始めから「偽りの意識」「虚構のイデオロギー」「騙し」として研究するのである。
(続きは本書にて…。)
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