田中圭が紡ぐ言葉 ♯2
タナカー(ここではいったんこの言葉をファンの総称とするね)が絶賛した番組でその言葉は発せられた。私もすごく感動してTwitterで呟きもした。
それは「めざまし8」での古市寿一氏のインタビュー中のこと。
私がまず好きなのは、圭くんのお母様に今の活躍をみせられない悔しさを込めた言葉。
「今生きてりゃなぁ〜ってすごく思うんですけど」
「正直今生きてりゃなぁって思うことはあります」
これまで何度か聞いたことはあったよね。
MCに問われ、そうですね、みせたかったですね、と淡々とこたえてた覚えがある。
でもこれは、ある種テレビ向けのコメントにも思えたんだよね。いや、お母様にみせたかったのは本音なんだろうけど、どこかそう思えて。
それがこの回では違った。
冗談めかしているけど、そこがまた悔しげの本音に見えてね。
そりゃそうだよね。
かの「おっさんずラブ」でブレイクしたと言われるのがイライラしたとは圭くんは言いつつ、古市氏に「それ以降主演が増えた」と指摘されると、圭くんはそれを素直に認める。
こういう素直さも役者としては武器だと思う。吸収しやすさでもあると思うから。
脇で経験を積み、巡り会った「おっさんずラブ」。その少し前から追い始めた私が沼にハマったのもこの作品。
だからこの作品を境にして、圭くんは、今までとはまた違うレールの上を走っているのではないかな。脇役というレールから主役というレールに繋がるポイントを通過したのよね。
そりゃぁね、みせたかったよね!
一番のファンで一番の味方で一番の理解者だったお母様だもの。
逆にお母様だってみたかったに違いない。
だって、今の「役者田中圭」があるのはお母様のお陰だから。あの時、バスケでくさってた圭くんを5000円でオーディションに行かせたお母様、いや、かぁちゃん。どれほどこの活躍をみたかったことか!!!
圭くんは賞にこだわらない。だけどかぁちゃんの周りにはいっぱい飾ってあげている。
お花にも興味を持つようになったという。
存在は消えてしまっても忘れることは無いかぁちゃんが、きっといつも圭くんの中に消えずにいる。そんな圭くんがやっばり好き。
次に好きな言葉。
それはオファーの話から始まった。
古市氏が聞く。
「引き受けてきた仕事の中でどのくらいが初めからうきうきでやりたくて、何割ぐらいが初めはそこまででもなかったのか」
と。
すると圭くんはこたえる。
「それでいったら初めからうきうきでやりたいものなんか1割しかない」と。
ここからが好き。
「自分のやりたいことだけやっていてもしょうがねぇな。最初はやだなと思ってもやってみたら気づかない発見や喜び、終わってみたらめっちゃ楽しい現場だったなっていうのがいっぱいあるんで。断るってことはすべての可能性をゼロにするわけじゃないですか。想像していたよりも貴重な経験になったり体験になったことがとにかく多いので」
確かにやりたいことだけやっていたら楽な人生だし、それで稼げたら万々歳かもしれない。
でもそれでは人は成長しない。
とても共感したのが、断るってことはすべての可能性をゼロにする、という部分。
誰にも同じだけ可能性はある。
それを掴むのも掴まないのも自分自身。
それを圭くんは掴んでいった。
圭くんの仕事は事務所が選んだものを圭くんが受けていくという。
そうして、元来の人たらしと愛されキャラで人の輪が広がり、いろんな経験と現場で学んだことをすべて吸収して、お芝居の肥やしとして圭くんのいろんな場所にある引き出しにしまったんだと思う。
だから時に日和くんみたいにこれまでの圭くんのような振り回されキャラから、新たな扉を開けたと私が確信している死神さんの儀藤さん。更に怪しげな色気とサイコ的な内面を持ち合わせたヒガシー。
私は魔王で圭くんをみて、みただけで、タラレバ、5→9、恋ヘタから追い始めたから、死体役で雨の中震えてたりした頃は知らなかったし、追い始めてもまだ助走だったからかわいいパピの民衆の敵ではなぜか意識してないっていうやらかし犯してるけど。
でも、長い役者人生の中で、途中からでも圭くんに出会えたことは嬉しいし、圭くんの考え方は本当に見習うべきものがあるし、取り入れていこうって素直に思える。
だから好き。
今回はめざまし8、この1本から2つの言葉をあげてみた。
とても私の心に響いた言葉だったから。