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自分の犬の育て方を間違った母親が娘の犬の育て方をとやかく言う資格はない

今日は久しぶりに一人の時間をまったりと過ごしている。感謝祭のホリデイが過ぎて娘達もニューヨーク市内に帰り、主人はスポーツセンターでのプールのライフガードのアルバイトに出かけていて朝から留守である。普段の静かで穏やかな生活に戻った。娘達の使用したベッドルームと洗面所とトイレを清掃して、使ったタオルとシーツ類は全部洗濯し終わって、ゴミ箱を片付けて、つい数日前まで娘達が居たた形跡はもうない。

不思議なことに娘と彼女の婚約者の事よりも6ヶ月の子犬のルナのほうが圧倒的に思い出される。存在感が半端ではない。ルナは眠っている時間以外はリビングルームを脱兎のごとく走り周り落ち着きのない犬であった。単にまだ子犬だからと言うことではなさそうで、常にハイパーでじっとしているということが出来ない。いつもアテンションを欲しがる。他の子犬と比べて様子が違うのを懸念した娘達は犬のトレーナーを雇って1日観察してもらった。

その結果、ルナは自分の名前もわかるし、指示されたことは理解するし頭は良いそうだが、フレンチブルドッグの種類にしては異常にエネルギッシュで、かつ注意力が何かによって散漫になる障壁があるらしい。はいはいを始めた赤ちゃんが手に届くものを全て口にしてしまうように、この犬も何でも目に入るものを口に咥える。道に落ちていた赤ちゃんのおしゃぶりを拾ってそれが非常に気に入ったらしく、ずっと口から離そうとしない。落ちているものはすべてタバコの吸い殻やゴミでも何でも口に入れてしまう。人間が大好きで、小さな子供でも誰にでも嬉しがってお構いなしに飛びつく。これは問題で、もし飛びつかれた子供が転んで怪我でもしたらすぐ訴訟される恐れがあるので、そうならない前に犬の専門家から近々トレーニングを受けるらしい。

ルナは抱かれている時とソファーに置いている間は、おしっこを我慢する。外には数時間毎に連れて行ってトイレットトレーニングをする。彼らの滞在中、我が家は犬の粗相で汚れることはなかったが、その涙ぐましい努力と気の使いようは見ている私まで疲れてしまった。夜は、ベッドに親子3人(二人と一匹)が川の字になって寝た。一応犬の専用ベッドも持ってきていたのだが、一緒に寝ると夜11時ごろから朝9時ごろまで一度も起きることなく眠ってくれるのだそうだ。娘達も休暇ぐらいはゆっくり眠りたいので、犬の躾より自分たちの都合を優先させて一緒にベッドで寝ていた。

これはもう犬というより、人間の子供のような扱いである。「どんなに可愛くても犬なんだから、人間の赤ちゃんのように育てない方が良いわよ」と私は注意した。
そして私はハッとしたのである。思い出した! 遠い昔、私も全く同じことをしていたのである。

マンハッタンの34丁目と七番街にメイシーズという大きな百貨店がある。今ではほとんどの人は知らないであろうが、昔、この百貨店の中にペットショップが入っていた時代がある。犬を飼う気は全くなかった。ある日、メイシーズで店舗を見て回っているうちに4階だったか7階だったか今では覚えていないがペットショップの階に足を踏み入れた。ついでだからと思いケイジに入った犬を一匹ずつ見て回っているうちに、お尻を私に向けて後ろ向きに寝ていた一匹のペキニーズが急に振り返って私と目があった。運命の出会い。その日、メイシーズ百貨店を出る時には、このペキニーズを私は抱いていた。

ペット売り場の店員が、「男の子ですよ」というので、その頃日本で人気のあった西田敏行主演の「池中玄太80キロ」のテレビドラマから名前をとって、「ゲンタ」と名付けた。血統書の書類も付いていてゲンタの父親の名前は「Sir Charles」
(チャールズ卿)となっていた。何か嘘っぱちそうな大袈裟な名前だが、ゲンタは由緒ある家系の犬だと信じさせるほどおっとりとして綺麗な犬だった。

ゲンタを購入して2週間ぐらいたってから予防接種のために家の近くの動物病院に連れて行った。獣医が、しきりにゲンタを診察しながら、She (彼女)と言う。私は、聞き間違いかと思って最初は聞き流していたのだが、どうしても気になって帰りがけに、ほとんどドアのノブに手をかけながら獣医に尋ねた。「ゲンタは、Boy (男の子)ですよね ?」獣医は怪訝な顔をして、再度ゲンタを抱き上げて診察台に置いた後、後ろ足を広げてみてから、はっきりと言ったのだ。「この犬は、間違いなくGirl (女の子)です。」

メイシーズの店員に苦情を言っても仕方がない。メイシーズからもらった書類にも「オス」と表記されていたので、返そうと思えば返せたが、男の子でも女の子でもそんなことはどうでも良かった。ゲンタを手放す事なんかもうできなかったから。
私は、ゲンタと一緒にベッドで寝た。いつも抱っこしてあげた。ピンクのTシャツも着せて一緒に写真を撮ったりした。日本から渡米しニューヨークに住み始めたばかりの当時25歳だった私はゲンタをお人形のように可愛がって育てた。それまで日本で一度も犬を飼ったこともなく身近に接した事もなかった。犬との接し方を全く知らなかった。

私に、娘の犬の育て方を説教する資格はない。今思えば、あの時はこうすれば良かったとか、ああするべきではなかったとか反省することばかりだが悔やんだところで戻るわけにもいかない。娘も試行錯誤しながら一生懸命にルナを育てているのだから、第三者からみてなんていう育て方をしているのだろうと思ったところで、それはそれで良いのではないか。全ては経験しながら学んでいくしかないのである。

ペットでも人間の子供でも生まれついて持っている性格と特質がある。娘に問いかけた。「ルナがトレーニングでもっとおとなしくて聞き分けのいい犬になったら、貴方はもっとこの犬が好きになるのかしら?」娘は答えた。「どんなルナでも好き。」
この娘が将来人間の子供を授かった時は、良い母親になるだろうな、とフッと感じた。



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