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『グッバイ! タンデムシート』にしびれた日。

香咲弥須子さんが書いた『グッバイ! タンデムシート』というエッセイがある。1985年刊。
写真は角川書店の文庫版だが、当時、私が読んだのは単行本のほうだった。

今回急に思い出して、アマゾンで古本を買った。
20代前半だった香咲さんがバイクの免許を取り、その魅力に夢中になっていく様子が、ていねいに瑞々しく描かれている。
読み始めてすぐに、全体の内容を思い出した。

バイクのことは全然わからなかったし、興味もなかったのだが、自立していく女の子の気持ちは自分のことのようによくわかり、バイクとは関係のない部分でとても感銘を受けた。
なんていい響きなんだろう、「グッバイ! タンデムシート」って。

ボーイフレンドのバイクの後ろに乗っていたが、オープンカーと大差ないじゃないと、初めは思っていた。ところが海岸線を走っていたあるとき。

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朝の風が、きらめく光と一緒に、正面からわたしの全身を突き抜けては、後方へ去っていくのを感じる。これは、生まれてこのかた最も衝撃的な感動だったと、断言してもいいくらいだった。
オートバイの免許を取ろう、断然取るんだと決めたのは、その時だ。
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私が感じたのとまったく同じで驚いた。

香咲さんのすごいところは、免許を取ってすぐにバイクを買い、毎日のように乗り始めたところだ。
フリーのライターとして働いていたが、仕事が終わったら、気分転換に夜のツーリング。取材先にもバイクで出かける。外国に旅行に行っても、必ずバイクに乗る。

翌日、仕事があるからと、夜の7時に神戸を出て、雨の中一晩中走り続ける項は圧巻だ。
実に細やかに描写されていて、そのつらさ、寒さ、それと裏腹の心地いい達成感。
家にたどり着いて、バイクに向かって言う。
「ほんとによく走るわね、あなたは」

今はこの項の描写のすべてが、よくわかるが、リアルタイムで読んでいるときには、まったく理解できなかったはずだ。それでもこのエッセイが、とても好きだと思った。
あとがきには、こんなことが書いてある。

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いろんな種類の、いろんな程度の、”ぞくぞく感”をできるだけたくさん味わいたい。だから、わたしはオートバイに乗るのだ。女の子の柔らかいからだは、さまざまな”ぞくぞく感”を味わえるようにできているはずだ。だから、楽しく生きていきたいと望んでいる女の子は、オートバイに乗ったらいいと思う。感じられる気持ち良さ、嬉しさの幅は、ぐっと広がるに違いないから。恋人を見つめることだけが、人生の高揚感ではないということがよくわかるから。
*****
まったく同感だ。

サハラ砂漠を縦断した堀ひろ子さんの記録『サハラとわたしとオートバイ』(1984年刊)も、この頃、私は読んでいる。
パリダカに出た山村礼子(三好礼子)さんのことも本で知っていたし、もしかしたら、この頃、女性のバイク乗りが注目されていたのだろうか。
それとも、私の中に、潜在的にバイクに惹かれるものがあったのか。

本棚を探したら、あった。でもこれは夫の本だった!!

実は、香咲さんとはその後、知り合う機会があった。
90年代初め、NY在住の翻訳家の方と仕事をしていて、ときどきプライベートで遊びに行っていた。
どういう話の展開だったのかまったく覚えていないが、「香咲くんなら、すぐ近所に住んでるよ」。ええっ!

香咲さんがNYにいることは知っていた。当時あった『月刊カドカワ』で、取材されている記事を読んでいた。
紹介してもらって、その後、何度かNYで一緒にごはんを食べたりした。

『グッバイ! タンデムシート』が大好き、ということは伝えたが、バイクの話にはもちろんならない。いま思えば残念なことだ。
「スピリチュアルなことに関心がある」と言っていた。いまもNYに住み、スピリチュアル・カウンセラーとして活躍している。
バイクに対するあの感性は、いまの活動と通じるものがあるように思う。

もし再会する機会があれば、伝えたい。
「私、バイク乗りになったんですよ」

文庫の解説を片岡義男さんが書いているのだが、その中で、すごい発見があった。単行本のカバー写真で香咲さんがまたがっているバイクは、モトグッツィだという。
撮影用に借りてきたもので、実際の愛車とは違っていたようだが、このモトグッツィこそ、私が今回のヨーロッパツーリングで、乗ろうとしているバイクなのだ!!!!!

(つづく)

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