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訳しにくい言葉〜"decent"

文脈で訳し方が変わる言葉

”Decent”というのはよく出てくる単語の一つなのですが、単語だけ切り取られて「decentって、どういう意味?」と聞かれると困ってしまいます。

辞書で”decent”を調べてみると、こんな感じです。

"decent"の意味(リーダーズ英和辞典から)
きちんとした、見苦しくない、礼儀正しい、作法に基づいた、道徳にかなった、しかるべき、上品な慎みのある、たしなみの良い、礼を失しない服装をした、(収入などが)人並みの、まずまずの、一定水準の、(ティーンエージャー俗語として)なかなかの、素晴らしい、(家族など)家柄の優れた、社会的地位のある、かなりの、相当な、親切な、寛大な、公平な、立派な人格を備えた、感じの良い、好ましい、申し分のない

つの単語とは思えないほどの多様性です!
”Decent”は意味としてポジティブかネガティブかと聞かれれば、間違いなくポジティブです。でも同じポジティブであることを表す言葉である”good” や”great” ”wonderful”とは違い、”decent”が「!」などで強調て使われることは殆どありません。多様性がありながら、強調されることはない、"decent"というのはなんとも不思議な単語です。


「ディーセント・ワーク」ってなに?

先日、国連が提唱するSDGs(持続可能な開発目標)の「目標8」についての質問を受けました。

目標8「働きがいも経済成長も」
すべての人々のための持続的、包括的かつ持続可能な経済成長、生産的な完全雇用およびディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を推進する

質問は、ここに掲げられている「ディーセント・ワーク」を分かりやすく簡潔に説明したいのだけれど、(働きがいのある人間らしい仕事)とされてもイメージが沸かない。そもそも、ディーセントってどういう意味?・・・というものでした。

うーん!
これには悩みました。

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まず、ディーセント・ワーク、つまり「decentな仕事」と言っても、それは国や状況によって意味は様々だと思うのです。「最低労働賃金が保障される」「健康被害などがない状態で働ける」というような、最低限のことが守られているということを示す場合もあるし、「自分の価値観に合っている」「やりがいを感じる」という意味のこともあるかと思います。なので、「ディーセント・ワーク」というのは一括りにすることは難しく、また特定の状況を前提に訳してしまうと本来意図していた意味より狭まってしまう可能性もあります。

SDGs目標8で、"decent work"をカタカナで「ディーセント・ワーク」として、わざわざ説明をカッコ書きで付け加えたのは、日本語に訳したときに溢れてしまった(かもしれない)”decent”の意味を考えて欲しい、国によって”decent”の定義は変わるということを知って欲しいという訳者の思いがあったのかもしれません。

口語と文字でも印象が違う?

"Decent"を訳す際に難しいと感じるもう一つの理由は、日本語は英語に比べて話し言葉と書き言葉で、同じ単語でも与える印象が変わるということがあります。例えば、”decent”を「最低限のことが保障される」というニュアンスで使う場合、日本語に訳すと「マトモな」とか「ちゃんとした」などの表現がピッタリくるのですが、「マトモな」や「ちゃんとした」などの表現は正式な(お堅い)場では、話し言葉であれば自然に聞き流せても、文章として文字にしてしまうと違和感を感じます。

これが英語であれば、”decent”という単語は話し言葉でも文字でも受ける印象はほとんど変わらないのですが、日本語は口語と文字で同じ言葉でも印象が変わるのも面白いところです。

因みに、“decent”の語源を調べてみると、1500年代に「その人の階級にふさわしい」という意味で使われていたようです。1700年初頭には「控えめな、上品な」という意味も加わったようで、語源を遡ってみても意味自体は今とほぼ変わらない感じですね。

“Decent”で私が思い出すのが、「Are you decent?」という質問。アメリカで大学生活を送っていたときに寮でときどき耳にしました。この場合の”decent”は「服を着ている」という意味です。寮で誰かの部屋を訪ねてノックするときに「開けても大丈夫な格好してる?」という意味で聞くんですよね。この聞き方は、元々は劇場で「衣装ちゃんと着た?」という意味の冗談から始まった表現が一般的に広まったというものらしいです。役者さん達が舞台に登場する際に「間違えて違う場面の衣装を着てない?」とか「ちゃんと自分の役の衣装着た?」などと確認し合っていたのでしょうか。


単語の訳し方は正解があると思われがちですが、同じ単語でも相手や文脈や状況によって訳し方は変わります。中でも”decent”は訳し方の振れ幅が大きく、単語だけで「こういう意味」と言い切れない言葉です。まさに、言葉は文脈の中で生きていると感じます。

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