プログラム16 走るのは止めなさい。

石井裕之さんという方をご存知だろうか? 今は引退されていると聞くが、セラピスト界の第一人者で、フォレスト出版から数多くの本を出されている。その石井さんの有名な教えに「すべての行動は潜在意識へのメッセージである。」というものがある。どういうことかと言うと、たとえば、君がある商品を買おうとしている。それを通常価格で買わず、バーゲンセールになるまで待って、割引価格で手に入れた。得した!と君は思うだろう。しかしこの時、君の行動は潜在意識に「自分はバーゲンでしか欲しい物を購入できない貧しい人間だ」というメッセージ(=暗示)を伝えてしまっている。逆に、セール中にはあえて買わず、定価に戻るまで待ってから買うとしたら「自分は経済的に豊かな人間だ」というメッセージ(=暗示)を潜在意識にインプットすることになる。

もう一つ例をあげようか。電車に駆け込む。間に合ってよかった!と君はホッとする。しかしこの時、君の行動は「自分は余裕のない人間だ」というメッセージ(=暗示)を潜在意識に伝えてしまっている。もし君が駆け込み乗車をせず悠々と歩き、たとえ乗り遅れてしまったとしても、潜在意識には「自分は時間に追われない余裕のある人間だ」というメッセージ(=暗示)が伝えられることになる。まぁ、会社には遅刻するかもしれないが。

すべての行動が潜在意識へのメッセージである。

このように、私たちが日常さりげなく行っている行為の数々は、すべて潜在意識にメッセージ(=暗示)を送っている。それも意識していることとはまったく逆の暗示を与えているのだ。では、ここで問題です。次の行為は潜在意識にどんなメッセージ(=暗示)を送っているのか? 少し考えてみて欲しい。

祈る。必死でがんばる。睡眠時間を削る。贈り物をする。

その行為が、君の夢を遠ざけている。

祈る。あるいは願う。とても美しい行為だ。しかし、君が祈るということは、祈らずにはいられない状況に君がいるということだ。自分の力ではコントロールできない、だから大きな存在に頼らざるを得ない。神頼みをしなければならない。その時、君の深層は自分の無力さを感じている。だから、君が祈れば祈るほど、君の潜在意識には、自分は無力だ自分は小さいというメッセージ(=暗示)が刻み込まれることになる。

必死で頑張っている時もそう。君が必死になって頑張っている姿を見た潜在意識は「この人は必死にならなければ、こんなこともできないんだ」と判断する。眠いのを我慢しながら深夜まで何かに取り組んでいる時も同じだ。ちなみに、夢中で何かに取り組み、気が付いたら朝になっていたというケースは違うからね。本当はそうしたくないのだけれど、貴重な睡眠時間を使ってでもやらなければ目標が達成できないといった、追い込まれた心理の時、君の潜在意識は実力のなさを痛感することになる。

要するに、人が深刻になっている時、往々にしてとってしまう行動が、その人をさらに深刻な状態にしてしまうのだ。深刻になる、ということは“失敗するかもしれない”という意識がその根底にある。不安だらけの状態だ。その不安感が動機になって起こしたアクションは、不安を再認識させ確定する。話は変わるが、ミツグ君という言葉を聞いたことがあるだろうか? バブル時代、女子に好かれたい一心で、欲しいと言われたらどんなに高価なモノでも買ってあげていた男子がいたが、彼らは一般にミツグ(貢ぐ)君と呼ばれ揶揄されていた。彼らの貢ぎは、果たして功を奏したか? もう解説の必要はないだろう。そもそも“好かれたい”一心で始めた行為だ。“好かれたい”という気持ちの裏には“好かれないかもしれない”という恐れが隠されている。だから、彼らが貢げば貢ぐほど、“好かれないかもしれない”心理が潜在意識に刻み込まれる。その結果「そんなに好かれないかもしれない、と思っているのなら、好かれないんだな」と潜在意識は判断し、現実に反映される。かくしてミツグ君は貢ぐだけ貢いで、挙げ句の果てに、捨てられる。

深刻になったら、笑いなさい。

とはいえ、深刻になるのは、人間の性だ。深刻になったり、不安を感じたりするのは、自然なことである。それらマイナス感情を否定してスーパーポジティブマインドに生まれ変わる心理メソッドを採用する道もなくはないだろうが、マイナス感情を根絶するという思想には、私は違和感を感じる。アンチエイジングというコンセプトに対して感じる不自然さと似た感覚だ。深刻になるのも、不安になるのも、恐れるのもいいではないか。ただ、その感情から始めた行動や態度、表情、姿勢などすべての立ち居振る舞いが、さらにマイナス面を増長してしまうというメカニズムを、とりあえず知ればいい。このことだけでも、大きな一歩だ。駅まで歩いて10分、走れば5分で着く。6分後に発車する電車に乗れば、そのぶん会社に早く着くから、よし走って駅まで行こう、と今までの君なら判断したかもしれない。この時、君は時間の奴隷になっている。逆に、いや、会社に電車1本分早く着いたからといって大勢に影響はない。ゆっくり街の景色を楽しみながら駅まで歩いていこう、と判断すれば、潜在意識は「ゆとりがあるのだな」と判断し、君の1日にゆとりを与えてくれるだろう。そう、潜在意識と行動の関係を知れば、あとは行動を変えるだけでいいのだ。カタチから入る、という表現をしたほうが分かりやすいかな。自分がいま深刻になっている、と自覚したら、その深刻になっている原因と戦うのではなく、深刻でないフリをすること。笑うことだ。不敵な笑いを浮かべることで、潜在意識は「この人は深刻になっていない」と判断する。そして、ゆっくり行動することだ。潜在意識は「この人は焦っていない」と判断する。このように潜在意識を騙すことに成功すれば、君の無意識は総力をあげて君を深刻な状態から解放してくれるだろう。

参考文献:『恋愛のための7つのアファメーション』石井裕之(フォレスト出版)

ゆっくり動くことの医学的効用

意識してゆっくりと落ち着いて行動することは、潜在意識に「私は深刻な状態ではない」というプラスの暗示を与えるメリットに加え、肉体的にもいい影響を及ぼすそうだ。医学博士の小林弘幸氏によれば、さまざまな動作・所作をゆっくりと行えば、呼吸が自然と深くゆっくりとなる。すると副交感神経の働きが高まり、自律神経のバランスが整う。その結果、血管が緩み質のいい血液が体のすみずみまで流れる。よって肉体的に健康になる。日常の私たちはつねに緊張状態に晒されている。そのモードでは交感神経が優位に働き、気分はアグレッシブになるかもしれないが、血管は収縮し、血圧・心拍数ともに上昇。血液はドロドロ、免疫力も体力も低下し、さまざまな病気にかかりやすい状態にある。だからこそ、意識してゆっくり動き、副交感神経の働きを高め、体を弛緩させることが求められている。おそらく現代以上にストレス社会であったであろう戦国時代に、多くの武将たちが茶の湯や能を好んだのは、ゆっくりとした動きが自律神経を安定させパフォーマンスの向上につながることを感覚的に知っていたからではないかと小林博士は推察されているが、この仮説はかなりの確率で的を射ていると私は思う。“ゆっくり”というキーワードから、この国が育んできた伝統文化を見直してみると、新たな効用が発見されるかもしれない。

参考文献:『「ゆっくり動く」と人生が変わる』小林弘幸(PHP文庫)

釣れない魚にも餌はやるな

このプログラムで伝えたいことは以上だ。あとは日常生活で実践して、潜在意識と行動の関係を現実に体験してください。最後に、プログラムの中ほどでミツグ君の話をしたついでと言っては何ですが、今回のメソッドを利用した恋愛成功法を紹介しよう。私は恋愛の専門家ではないが、若い君たちがこれから潜在意識の力を人体実験するにあたって、その成果がわかりやすく現れるのは恋愛の分野だと思うので、あえて領域を侵す。ここでは便宜的に男性目線で語るが、女性の方は男女を逆転して読んでください。

一般的に男性が意中の女性をゲットするまでは、プレゼントをしたり、やさしくしたり、いろいろと手を尽くすが、ひとたび自分のものになった途端、何もしなくなる。この状態を「釣った魚に餌はやらない」と人は言う。すでに自分のものになったという安心感から、努力する必要がなくなったのだ。もしゲットできなかったら、ゲットできるまで、尽くして尽くして尽くしまくるだろう。それで最終的にゲットできればいいが、尽くして尽くして尽くしまくっても、相手が自分のものになる可能性は限りなく低い。それは、手に入らないかもしれないという“恐れ”から行動しているから。尽くせば尽くすほど、自分はこのままではこの人をゲットできない、だから尽くしているんだという暗示を潜在意識にかけてしまうのだ。まったくの逆効果。では、どうすればいいか? その答えが、このパラグラフの見出しである「釣れない魚にも餌はやるな」である。釣れなくても餌をやってはいけないのだ。必死になって餌をやれば、ますます釣れなくなる。あたかも釣り上げた後のように、もう自分のものになったという“安心感”をもって、何もしなければいいのだ。このとき潜在意識には、この人はすでに自分のものになっている、だから何もしなくても大丈夫なのだ、という暗示がかかる。深刻になったらいけない。必死になってはいけない。釣ることを重要視してはいけない。何としてでも、どんな手段を使ってでも、死んでも手に入れる、なんて思っては絶対にいけない。相手と君の間にどんな縁があろうとなかろうと、それは運命だ。今世では選ばれないかもしれない。選ばれなかったらそれだけのこと。来世で思いを遂げればいいじゃないか。それくらいの気持ちでいたほうが、眉間にシワを寄せているより、予想に反して釣れてしまったりするものだ。愛されている人は、愛されようとしない。愛されようとしなければ、愛されるのです。いかがかな?

さて、このプログラムは、我らが大先輩、作家の故・開高健さんの箴言で締めくくろう。

毒ヘビは、急がない。(開高健)

今日は、ここまで。


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