電車遅延に、ありがとう。

今回のテーマは、電車遅延、と書きましたが、電車だけでなくバスや飛行機なども含めた交通機関の遅れについて考えてみたいと思います。

日常で起きる理不尽な出来事のなかで、もっともスタンダードなアクシデントといえば、この遅延問題ではないでしょうか? 多くの方が一度とならず経験しているはずです。しかも、朝の通勤時間とか、遅れて欲しくないときに限って電車が止まったりする気がしませんか? 遅延証明書を出せばそれで済む場合ならともかく、大切な商談や会議があり、遅刻など絶対に許されないシチュエーションでは、居ても立ってもいられなくなります。こんなときは、誰でも事態を呪いたくなりますね。腹は立ちますがほとんどの場合は不可抗力なので怒りの持って行き場がありません。とても感謝どころの騒ぎではありませんよね。

この遅延という災難に感謝できるようになれば、感謝道の有段者、相当の達人といえましょう。では、考え方をどのように転換すれば感謝という感情が自然に沸き起こるのでしょうか。ちなみに、いま私は“自然に”という言葉を使いました。この“自然に”が、感謝のキーワードです。アクシデントに対し、力ずくで強引にアリガトウと自分で自分に言い聞かせても、何もいいことはありません。自分の感情に蓋をしているだけなので、かえってますます苦しくなります。逆効果なので止めてください。話を戻します。事態をどのように捉えればいいのか? その答えは、遅延したことによって起きた結果にあります。

たとえば、あなたの遅刻が原因で顧客との取引が成立しなかったとしましょう。あなたは遅延を恨むかもしれません。しかし、それはまったくの逆なのです。あなたは遅延を有り難く思うべきなのです。いや真相を知れば感謝せずにはいられないでしょう。なぜなら、その顧客は取引をしてはいけない相手だったかたです。あなたには未来が見えません。その顧客との取引により、あなたとあなたの会社が莫大な損害を被る未来が。それを心配した未来が、電車の遅延という現象を通して、力ずくで取引を不成立にしてくれたのです。

たとえば、デートに遅刻したとしましょう。待ち合わせ場所に行ったら、もう相手はいなかった。ということは、その日はデートをしてはいけない日だったということです。何かの事故に巻き込まれたか、何かのトラブルに遭遇したか。それを知っているあなたの未来が遅延で阻止してくれたのです。あるいは、相手と別れされるための作戦だったのかもしれません。なぜなら、その相手は決してあなたを幸福にしない人だからです。恋をしているあなたには見えないかもしれませんが、未来は知っているから、そうしてくれるのです。

皆さんはかつて受験生の頃、こんな話をよく聞かされませんでしたか? 第1志望校に受からなかったら、それはあなたが行くべき大学ではなかった。あなたが合格した大学が、あなたが本来行くべき大学だと。第1志望、第2志望を決めるのは、あなたの表層意識にしかすぎません。たった10数年の人生経験で身につけた知恵や情報で下した判断です。自分の将来を的確に見据えた判断とは、とても言えません。あなたはあなたなりに考えに考えたうえで下した決断だと思うでしょう。そして息巻くのです、自分の未来は自分で決めると。それをあなたの深層意識は、ハラハラしながら見ているのです。深層意識からみると、表層意識など赤ちゃんみたいなものです。なにも知らない赤ちゃんが、自分の未来は自分で拓くぞと鼻の穴を膨らませて洋々としているのです。心配でなりません。しかし、その判断が誤っているとあなたに言っても、あなたは聞く耳を持たないでしょうから、あなたにとってベストな進路に合格、不合格という現象を通して導くのです。

現実世界の現象を通して、つねに私たちをベストな方向に導いてくれているシステムの一部に、今回取り上げた交通機関の遅れがあるのが腑に落ちると、あなたに怖いものはありません。電車が止まったことにより、絶たれた計画は進めてはならない計画だったのです。電車が止まったことにより、ふとしたきっかけで会話をした隣の席に座る人は、あなたの運命の人だったのです。電車が止まったことにより、途中下車したその街は、あなたが訪れる必要のあった街なのです。電車が止まったことにより、あなたが解雇されたら、あなたにとってその会社は卒業の時期で、もっと上の会社に行くべきためのステップだったのです。

すべては、すべてを知っているあなたの未来の、あなたの深層意識の計らいなのです。喜んでください。

最後に、寓話をひとつ聞いてください。

あなたの前方から、獰猛な獣があなたをめがけて突進してきます。なぜかその獣は目に見えません。あなたに体当たりしようとしています。しかしあなたは気づきません。目に見えないからです。それを見ていた天使は危険が迫っていることをあなたに伝えようとしますが、天使を信じていないあなたには、天使の声など聞こえません。しかたなく天使はあなたに体当たりして、寸前のところでその獣の衝突からあなたを守りました。獣も天使も見えないあなたには、ただ自分が突然転んだという物理的現実が残るだけです。ちぇっ!、ついてないな、とあなたは思います。あなたの気づかないところで、あなたは守られたことも知らずに。

おそらく、こんなことが毎日のようにあちこちで起きているに違いないと思うのですが、いかがでしょうか?


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