プログラム10  美術館で珈琲を飲みなさい。

ムービーにしろ、グラフィックにしろ、たとえラジオにしろ、広告をつくるうえで、コピーライターにもアート感覚が要求されることは、もう既に君は体験済みだ。君のつくったコピーにビジュアルをつけるのはDあるいはADの仕事ではあるが、彼ら彼女らに、Cはビジュアルアイディアも併せて提案しなければならない。そう教育されてきた君は、アイディアをストックするため、また絵心を養うため、あるいはイメージ力を高めるために、過去の広告デザインを研究したり、ギャラリーに行ったり、映画を大量に観たり、さまざまな努力を重ねているに違いない。そして、時間があれば美術館にも行くだろう。今は、Googleのアートプロジェクトなどで、世界中の美術館に所蔵されている作品を自宅で鑑賞することができるが、巨匠たちの作品をリアルで見ることは、ネットやプリントで見るのと比較にならないくらい衝撃の体験になる。作品に込められたオーラに触れるからだろうか。だから美術館通いは、できる限り習慣にしてほしい。

美術館の有効活用【基礎編】

では、本題に移ろう。ということで、今回のプログラムは美術館の使い方だ。使い方? そう、美術館は使い方次第では、一流になるための強力なツールになる。まず、ウォーミングアップとして、展示物の鑑賞方法から入る。音声ガイドを聞きながら、ひとつひとつの作品をじっくり観て回る人が多いが、君がそれをしてはいけない。美術を学ぶために美術館に行くのではない。いかに作品にインスパイアーされるか。そのためには、できる限り早足で移動しなさい。ひとつの作品に対し、鑑賞時間を1秒以上かけてはならない。最初は難しいだろうが、1分かかっていたものが30秒に、30秒が10秒に、10秒が3秒に、訓練すれば減らしていける。速読ならぬ、速観だ。スポーツ中継を2倍速で観る感覚だ。そして、可能な限り作品に近づきなさい。本物のアートだからこそ放射されるオーラをしっかり浴びなさい。順路通りに進み、一通り目に焼きつけたら、会場を出る前にもう一度入り口付近に戻って、また最初の作品から繰り返しなさい。一巡したら、さらにもう一度。最低3回はリピートしたい。美術館の学芸員の方からすれば、邪道な鑑賞方法かもしれないが、これで、君の瞬間認知能力は確実に鍛えられる。この手法で大量の画像情報をインプットしておくと、アート感覚を洗練化させることができる。

名画を購入する擬似行為

これで終わりではない。

カタログや記念の絵葉書などを販売しているコーナーを通り、出口を抜けた後、最後にもうひとつやることがある。一通り観たすべての作品のなかで、自分が一点だけ購入するとしたら、どの作品にするかを選ぶのだ。その作品の金額とか所有権とか、あるいは君の家の間取りとか、現実的なことは考えなくてもいい。大富豪になった気分で、名作を想像のなかで購入してみなさい。このステップを踏まないと、作品を単に流し観したことで終わってしまい、インプットされた情報の定着にはつながらない。購入したい作品を決める、つまり記憶を再生し、評価する作業を通して、君のアート感覚はさらに磨かれる。余談だが、展示されている名画を自分の所有物だと思いながら鑑賞する方法は、苫米地博士もどこかで推奨していたと記憶している。

美術館の有効活用【応用編】

これでウォーミングアップは終了した。本番はここからだ。プログラム08で、建物には“氣”があると書いた。もちろん美術館にも“氣”がある。古今東西の一流の建築家が緻密な計算のもとに設計した建物だからこそ放たれる崇高な“氣”だ。その“氣”を吸収することが美術館活用の本来の目的に他ならない。“氣”は、実は、展示空間の外にあふれている。展示空間には、作品の強烈なオーラが漂い、建物の“氣”は薄い。いちばん感じられるのは、館内にある喫茶室、レストランなど、来館者が休息できるスペースだ。そこには、作品から放射されるオーラも、また作品に対する鑑賞者の熱い想いも鑑賞欲もなく、美術館が醸し出す“氣”が濃密に流れている。だからまず、どうしても時間がなかったら展示室には入らず、喫茶室に入りなさい。そこで心静かに珈琲を飲みなさい。

常識とは逆だね。時間がなければ作品だけ観て、珈琲など飲まずさっさと帰って来ればいいと人は言うだろう。その常識が正しいと思うなら無理に抗う必要はない。とくに若い君たちのことだ。彼や彼女とデートを兼ねて美術館に行くときに、こんな行動をとったら、変人扱いされて喧嘩になりかねない。君たちが破局になっても責任はとれないからね。ただ、独りのとき、気が向いたら一度は試してみてはいかがだろうか。入館料を、作品を観るために払うのではなく、美術館の“氣”を取り込むためにだけ払うという非常識な行為を。

とはいうものの、以上は本当に時間がなければの話だよ。正式には、ちゃんとウォーミングアップして、本番に入る。この一連の流れをしっかり押さえ、美術館を有効活用して一流になるための糧にしていただきたい。

美術館の有効活用【発展編】

最後に余談だが、夢の話につきあってほしい。美術館の究極の活用法だ。閉館後、もしくは休館日、展示空間にテーブルをならべ、そこでコース料理が味わえるサービスが生まれたら、どんなに素晴らしいだろうと想像する。展示されている作品は、もともと展示空間ではなくロビーや寝室、食堂などの日常空間に飾られていたものだ。たとえば貴族たちが食事をしながら観ていた。つまり、もし展示空間で食事ができれば、往年の貴族・王族たちの日常を追体験できるという贅沢なひと時が過ごせる。なにより、鑑賞するために近づくより、作品に閉じ込められている大量のオーラを浴びることができ、同時に展示空間(美術館)の“氣”をも吸収できる。これをビジネスレベルで実現するとしたら、展示空間の広さにもよるが、一夜に10組限定だとして、ひとり数十万円単位の料金設定が必要だろう。

しかしたとえば、ボッティチェリの『聖母子』や、フェルメールの『水差しを持つ女』、レンブラントの『夜警』など。そんな本物の名画が飾られている空間で一流の料理が味わえる体験を、一生に一度はしてみたいと思わないか。100万円出しても参加したいという人は世界中に無数にいる。私なら、ジョルジョ・ルオーを間近に見ながら、極上のワインを飲んでみたいと思う。

君たちのなかの誰でもいい。企画書を書いて美術館に、あるいはケータリングのできるレストランに提案してみないか?

美術史学科出身のせいか、つい熱くなってしまった。長くなって、すまない。

今日は、ここまで。

今回をもって前期は終了します。


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