鼻の手術第2回 「入院の話」

 2022年、新しい年が始まった。東京2020退会は、もう昔のこと、俺は鼻を直すのだ。
 入院。記憶にある限りでは、入院したことはない。幼いころに目の手術で入院していたのが最後、全身麻酔の手術もその時が最後、だと思う。どきどきするけど、入院したら翌日には手術、1日様子をみて、四日目には隊員という、入院にしては短いもの。
 入院当日、病室にチェックイン(であってるのか?)すると、次から次へと来客がくる。事務手続きのおばさん、薬剤師のお兄さん、担当の看護師のお姉さん、執刀医の先生。
看護師のお姉さんは、俺がパラリンピックで金メダル取ったことは知っていてくれたが、書類みるまでずっと、北村さんって呼んでた。俺も、まだまだだった。
 夜の20時を過ぎると、一切食事はできない。ぜったい腹減ると思ったので、ぎりぎりまでこっそり持ち込んだかりんとうをむさぼった。
 食事はできないけれど、手術中の脱水を避けるために、経口補水液だけは飲んでもいい。飲んでもいいというか、1l渡されて、「朝の6時までにできるだけ飲んでください。」といわれた。
 「できるだけ飲んでください」だと。なめやがって。朝までに全部空けてやる。
 昔、リオのパラリンピックの前、体重が落ちすぎて練習ができなくなってしまっていた時、
「2lのスポーツドリンク、飲み終わるまでひたすら泳ぎ続ける!」
っていうトレーニングを課せられたことがある。それに比べたらイージーだ。
ちなみにその時は、飲めなさ過ぎて、飲むふりをしながらプールにこぼしていた。
 で、今回。500mlほど飲んだところで眠くなり、目が覚めたら。もう6時だった。意気込んではいたが、半分しか空けられなかった。ださかった。
 病室から手術室までは、歩いて行く。「お昼前です」とざっくり教えられていたが、11時40分に、「11時50分からです」と教えられた。まじ直前。あわただしく着替えてトイレ行って、若干巻きぎみで手術室まで行った。
 ベッドに上がって、血圧計とか天敵とか酸素マスクとかつけられて、よくドラマに出てくる、ぴ、ぴ、ぴって音がしてきた。あれが、ぴーってなったら心臓止まったって証拠だ。急に怖くなってきた。ちなみに酸素マスクは、不織布マスクの上からされた。手術中もコロナ対策は万全だった。
 天敵から麻酔が投入される。冷たい、そして痛い。しびれる。半端じゃない。痛い。ものすごい大きな声を出して、痛い痛いと騒いだ。これでもかってぐらい叫んだ。
 そして、意識が飛んだ。よく、「木村は黙ったと思ったら寝ている」と言われるが、文字通りそうだったと思う。

 気が付いたら、ストレッチャーで走っていた。声がでない。喉が張り付いている感じだった。母の声が聞えた気がして、でも声がでなかったから、うなずくだけしたと思う。
 病室に帰ってきた。まだ天敵も酸素マスクもつながってる。
「3時間ほど安静にしててくださいね。テレビとか見ますか?」
と言われたので、携帯だけ持たせてもらった。
 が、その後また意識が朦朧としていた。後で見返したら、それなりにLINE返してた。
 だんだんと麻酔が切れてきた。痛い。鼻と頭と天敵が刺さっている手が痛い。酸素マスクが、なんか重くて苦しい。あと、ものすごく寒い。
 執刀医の先生が様子を見に来た。
「ああ、酸素マスクちぎれちゃってるので直しますね」
 おい。それ、あかんやろ。それと、寒いのは冷房がついているせいだった。その日は東京でも積雪が観測された日、なんで冷房ついとるんや。
 病室に戻ってきてから3時間以上が過ぎたが、だれもこない。酸素マスクも外してほしいので、ナースコールをおしてみた。
 「ああ、酸素マスク外せるのは4時間後なので、後30分ぐらいですねえ」
 なんやと。さっき3時間って言わなかったか?しかも、厳密にいうと4時間立つまで後45分ある。この苦しい上京で、残り時間が30分か45分七日は大違いだ。そして、お姉さんは去っていった。
 なんかさ、「もうすこしだから頑張りましょうね」ぐらい言ってくれよな。
 スポーツ選手をやっていたおかげで、これまでの人生で、「がんばれ」という言葉は、比較的沢山かけてもらった。だけど、今日のこの瞬間も、言ってほしかった。
 たぶん、何気ない「がんばれ」という言葉一つ一つは、ちゃんとパワーになってるんだと思う。だって、言われなかった今、全然パワーわいてこないもん。
 たまに、「もう聞き飽きていると思うので、あえてがんばれとは言いません」っていうメッセージ下さる人もいるけど、ちゃんと「がんばれ」って口にしてくれた方がいいみたいだ。まったく、看護師のお姉さん冷たいな。と、一人闘っていた時、LINEがきた。
 パラ水泳のレジェンド、成田真由美、のマネージャーからだった。
 「明けましておめでとう、そういえば手術するって言ってたね、がんばってくださいね」
 なるほど、これが成田さんがレジェンドでいる所以なのね。そういうことだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?