天才発明家の背中を追いかけた日々 - 暦本先生のアイデア本出版にあたり
「樋口君、ちょっと来てくれる?」
2013年3月のある日、当時駒場2キャンパスにあった暦本研の学生室で一人で作業をしているとき、指導教員の暦本純一先生がワクワクを抑えられないといった様子で、僕を作業室に呼んだ。「ちょっとこれ持ってみて」と指の関節一つ分くらいの小さいデバイスを手渡してきた。暦本先生がPCから何か操作を行うと、人差し指と親指で把持したデバイスから引っ張られるような感覚がした。暦本先生の顔を見ると、嬉しそうに「何か力感じない?」と聞いてきた。
これはその年のUIST2013(HCI系のトップ会議)で発表される仮想力覚提示デバイスTraxionが発明された時の出来事である。
話を聞くと、UIST2013に向けてSenseableRays(CHI2009 alt.chiにて発表)という、プロジェクションされた光に応じて指先につけた振動デバイスが触覚フィードバックを行うシステムの拡張を行おうと、新たな振動デバイスを自ら色々弄っていたところ、偶然仮想力覚を提示する現象を発見したとのことだった。
その偶然発見した現象を、システム化と実験、論文執筆を数週間で行い論文投稿し、そのままUIST2013に採択されたのだった。当時の私は博士課程の1年目が終わるタイミングで、UIST2013に向けた研究を行い投稿をしたのだが、メタメタにされた査読が返ってきてリジェクトされたのは苦い思い出である。一方で指導教員が自ら現象発見から論文執筆まで一人でやっている姿を見て、これが本物の研究者かぁと感嘆したのを覚えている。
(勝手ながら)暦本先生のなにがすごいのかと考えると、もちろん研ぎ澄まされたビジョンもあるのだが、やはり自ら手を動かし考え続ける姿勢にあると思う。ちなみに先日も、弊醸造所醸燻のビールを片手に、少しオンライン飲み会をしたのだが、その時にも片手間でサーバ上での実験を回されていた。
私がいた当時から、暦本研究室では新しく学生が来ると暦本先生の研究法のプレゼンから新年度が始まる。そこでは、研究においてシンプルに言語化できるClaimを持つことの重要性と、言語化というのは最強の思考ツールであることが教えられる。(ちなみに2016 versionにはなかったが、できることと、やりたいこと、のストックをそれぞれ沢山持ち、それを偶発的に結び付けるというアイデアの発見法も含まれていた。ここだけの話)
こういった研究法の話は、これから研究を始めるという人にとっても大事であるのだが、それ以上にある程度経験を積んだ後に、何度も何度もかみしめることでジワジワ効果があるものだと思う。僕にとってのもう一つのバイブルである「イシューからはじめよ」もそういった類のものだと思う。これからの研究人生、「研究法について」と「イシューからはじめよ」は何度も何度も読み返すと思う。
なぜ突然このような話を書いたかと言えば、2021年2月1日に、暦本先生がアイデアの作り方について執筆した「妄想する頭 思考する手 想像を超えるアイデアのつくり方 」が発刊されるからである。PRも依頼されていないが、とにかく楽しみで勢いでこの記事を書いてしまった。僕もまだ読んでいないが、おそらく知的生産を行うすべての人にとって素晴らしい内容であるため、ぜひ読んでいただきたい。というか内容を語り合いたい。
余談
去年の12月に行われたWISS2020という国内ワークショップのオンライン懇親会の時、暦本先生に「32歳のとき何してました?」と聞いた。なぜ聞いたかと言えば僕が32歳であり、研究者としての今後の在り方に悩んでいたからである。暦本先生の32歳当時は新卒で入ったNECの研究所でバリバリ研究開発などをしていた時期であり、なんと国際会議での論文発表デビュー前であり、おそらく暦本先生の研究者人生に大きな影響を与えたであろうアルバータ大への留学を控えていた時期であったとのことだった。
つまり、正直今研究者としての曲がり角を迎えていると勝手に思っている自分自身も、まだまだこれからじゃあないか!ワンチャンあるで!と前向きで頑張っていこうと思ったのであった。
僕が暦本先生を知ったのは、先生が東大に着任されたばかりの2008年、僕が金沢工大3年生の春に読んだこの記事だった。
もう13年前のそのとき、日本にこんなすごい人いるのかと思い、暦本研への進学を志しHCI研究者としての最初の一歩を踏み出した。この記事のタイトルは背中を追いかけた日々であるが、実際にはあの日以来、暦本先生の背中をいまも追いかけている。そのためにも、ビジョンを持ちつつも現実の課題に足を付け、自ら手を動かし続けるような研究者であり続けたい。
(この記事のamazonリンクには収益ついてないのでご安心を)(あと最初の写真は2015年僕が博士課程"4年"のときの追いコンの写真を借りました)
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