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ホームをレスした話(9)

誰かのためとか言ってないで、自分のために生きること。

ある日、教育シンポジウムに出演者として呼ばれた。テーマは「こどものためにできること」というものだった。やばいテーマだなと思った。登壇者は、私を含めて四人いた。順番に壇上にあがり、テーマに添った話をする。そんな感じの内容だったのだけれど、当日、ひょんなきっかけでこの日の大トリ役を(親でもなければ家さえない)私が務めることになってしまった。

一人目の登壇者が壇上にあがる。偉そうなおじさんで、社会的にも立派な肩書きを持っている人だった。彼は話す。社会に通用する人間を育てるのが子育ての基本である。と。私は、正直に言うと「このおじさんは何を言っているのだろう」と思った。もっと正直に言うと「バカなのかな」と思った。

開始早々不機嫌になってしまった私は、なぜ、自分が不機嫌になったのかを考えた。理由は三つあった。ひとつは「おじさんの口調が上から目線だった(私は、傲慢な人間を見ると鼻をへし折りたくなる習性がある)」こと、ひとつは「最近のこどもは元気がない」という彼の発言が癪に触ったこと、ひとつは「彼の話を、聴衆の人々が必死にメモをとっていたこと」だった。

この瞬間、私の役割は「聴衆のメモをぶち破ること」だと思った。子育てに正解はない。正解っぽい話をするひとの言葉を真に受けちゃいけない。が、このままでは、ここにいるお母様方が「正解だと言われている子育て方法」を持ち帰り、我が子に、社会に通用するための大人養成ギブスをはめこんでしまう。自殺者が年間3万人いて、鬱病患者が100万人もいると言われている社会人養成ギブスを・・・これは危険だ。多分、誰も幸せにならない。ならばこの悲劇を阻止すること、それが自分の役割だと瞬間的に察知した。

他の登壇者の方々は、最近のこどもの特徴などの話をした。「最近のこどもは自信がない」とか「最近のこどもは自分のやりたいことがわからない」とか「最近のこどもは他人の目線を気にしすぎる」とか、好き勝手なことを言っていた。私は、彼らの話を聞きながら「これ、全部おとなの話じゃん!」と思った。こどもに元気がない理由は、おとなに元気がないからだと思った。

自分の出番が来る。この時点で、私のボルテージはフルマックスに高まっていた。司会者の方から「それでは坂爪さん、こどものためにできることについて、よろしくお願いいたします」と声がかかる。壇上にあがる。マイクを握る。開口一番、私は「こどものためにできることなんてない」と言った。

私はまだ親になったことがない。だから、こども目線でしか話をすることはできない。私は、自分の親には「こどものためには生きないで欲しい」と思う。あなたを育てるために自分は嫌な仕事も我慢してやっているとか言われたら、自分のことなんてほっといてくれて構わないから、あなたはあなたのために生きていて欲しいと思う。私は、親に対して「不完全でも構わないから、楽しそうに生きて欲しい」と思う。これは、親がこどもに抱く気持ちと同じだと思う。自分のために生きることが、結果的にこどものためになるのだと思う。子育てよりも「子育つ(子供は勝手に育つ)」の方が言葉的には的確で、ほっておいてもこどもは自分から「幸せ」を感知してそちらの方向に突っ走り始める。心配よりも信頼をすることだ。こどもの生命全体に「あなたは大丈夫!」と言う全幅の信頼を寄せることだ。巷では、貧困に喘ぐこどもたちが無数にいるとか、最終学歴が高卒では就職ができないとか、英語が話せないと社会的に通用しないとか、教育費にはこれだけのお金がかかりますとか、とにかく子育てに関する不安を煽っては「そうならないための処方箋」を示したがる人間は多い。が、惑わされちゃいけないのだと思う。そんな時こそ「俺を見ろ」と言いたい。学歴もなければ正社員でもない、現在は貧困に喘いでいるどころか家もない。そんなどうしようもない経歴の人間でも、意外と図太く元気に生きているばかりか「教育系シンポジウムに登壇する」ということまでできた。人生はなにが起こるかわからない。だから、可能性に蓋をしてはいけないのだ。ありもしない『普通』だとか、ありもしない『人並み』だとか、ありもしない『まとも』だとか、そんなものに惑わされちゃいけないのだと思う。自分は自分。こどもはこども。自分のために生きることが、結果的にこどものためになる。自分が自分であることが尊いように、みんなと同じであることではなく、こどもはこどもであることが尊いのだ。幸せそうな親【おとな】を見ることが、自分【こども】にとっても幸せになる。だから、私は、こどものためにできることなんてないと思う。こどものためにできることがあるとすれば、それは、自分が幸せに生きている姿を見せてあげることだ。それが大事だと思う。そんな感じの話をした。

自分の言葉がどれだけ届いたのかはわからなかった。他の登壇者たちは、訝しげな目で私を見ていた。完全に浮いてしまっていた。私は「たったひとりだけ、たったひとりだけでもいいから何かを感じてもらえたらうれしい」と思った。シンポジウムは終幕を迎え、私は、逃れるようにその場を離れた。自分の発言は場にそぐわないものだったかもしれない。が、少なくとも「言いたいことは言ったった!」という満足感を見出すことだけはできた。

ら、イベント終了後、一通のメールが届いた。

初めて坂爪さんの生のお話を聴き、削ぎ落とした人のオーラというか、存在と眼光にも強烈な影響を受け、何より本当にすっきりしました。直前に話されていた先生方の話に、違和感を感じ少し苛立ちながらも、いつものようになるべく思考を停止して聞き流していたところに、坂爪さんが私の気持ちを丸ごと代弁してくれました。

社会で通用する人間にすることが親の役目 ー その社会って? 私にとって社会とは、いわゆる世間の目です。私はアロマセラピーの仕事をしていましたが、典型的な日本企業で、楽しかった仕事が店長になり会社に求められるがまま自分の感情を殺して利益を出すために仕事をしていたら、身体に不調が出て燃え尽きて辞めました。

癒しの仕事をしているのに癒されず、あらゆる癒しグッズに毎日囲まれながらも仕事に行くのが嫌で嫌で。社会で、会社で通用する人間になるには、自分らしくいてはいけない、利益を出せない、価値を産み出せない人材はいらないと刷り込まれて思い込んで辛かった。自己肯定感どころじゃなくて、人の目ばかりを気にして自分を否定して怖れを原動力に動いていたから辛かったんだと思います。今思えば視野が狭かっただけなんですけど。

坂爪さんのいうように、元気で幸せだったらパーフェクト。正解はたくさんあるし、どんどん増やせるっていう価値観を親がみんなが持てたら、子供も大人も幸せなんだと思います。子供が成長して大人になって親になっていることを忘れてはいけないんですよね。

私にはまだ子供はいませんが、いつか産んで育てることが出来た時に、幸せな私の姿を見て、いろんな正解があることを知って貰えるように、坂爪さんのように自分の直感と感情に素直にマイペースに、少しづついろんなものを削ぎ落として今を生きて行こうと思います。

自分の思いを、真っ直ぐに話してよかったと思った。

この出来事が功を奏した(?)のか、徐々に、大勢の前で話す機会は増えていった。ある日、私は国会議事堂界隈で開催された「これからの経済について」というシンポジウムに呼ばれた。家なし、金なし、仕事なしで生きる日々を面白がられた結果なのだと思う。が、ここでも私は色々と苛立ってしまって「これからの経済なんてどうでもいい」的なことを言ってしまった。

私には、与えられたテーマを全否定する傾向がある。こどものためにできることというテーマでは「こどものためにできることなんてない」と言い、これからの経済というテーマでは「これからの経済なんてどうでもいい。経済が良ければ自分らしく生きることができて、経済が悪ければ自分らしく生きることができない、というのは言い訳だと思う。そんなことより、いま、この瞬間に真の意味で生きているかの方が重要だと思う」的なことを言った。

これらの発言が(一部にはボロクソに言われたものの)一部から妙に受け、今度はF県で開催されたボランティア関連のイベントにゲストで呼ばれた。が、これが結果的にどえらいことになった。司会者の女性が「ゲストは、家もいらない!お金もいらない!みんなの力を借りながら自由に生きる、さかつめけいごさんの登場です!」と、私のことをこんな風に紹介した。

私は「あ、この紹介はやばいな」と思った。この日のイベント参加者には、40代・50代・60代の方々が大量にいた。もちろん、私のことを知っているはずはない。私が登壇した段階で、早速聴衆のみなさまから「なんだこいつは!」というけしからん目線を全身で浴びた。私は自己紹介をした。

坂爪圭吾です。新潟生まれの30歳で、現在は家がなくても生きていけるのかということを、自分の身体を使って試しています。と、ここまで話した。ら、突然、会場前方に座っていた女性が「え、どういうこと」と話しかけてきた。そして、汚物でも眺めるような眼差しで「家も金も仕事もないってことは、あなたはホームレスなの?」と、不機嫌な口調でたたみかけてきた。

私は「えっと、ホームレスなのかと問われましたら、ホームレスなのだと思います」と答えた。ら、今度は別の50代くらいの男性が「それでは、君は、人様に迷惑をかけながら生きているということか」と言ってきた。ので、私は「えっと、確かに迷惑をかけていないとは言えないのですが…」みたいな感じで言葉を濁した瞬間、戦闘開始のゴングがカーン!!と鳴った。

参加者の方々が私に怒声を浴びせ続ける。ある人は「なんで働かないの?働きなさい!」と怒り、ある人は「親はなんて言っているの?まったく無責任な男!」と怒り、ある人は「生活保護でも受けているんでしょ?この、金食い虫!」と怒り、ある人は「人様に迷惑をかけていることを恥ずかしいと思わないの?この、恥知らず!」と怒った。

私も、本来であればそれについてを話す予定だった。が、また別の方が「君は人生をなめているのか」と真っ向勝負で問いかけてくるものだから、私も「えっと、どうしてこういうことをやっているのかというと、世の中にはたくさんの『こうあるべき』と思われているものがありますが、必ずしもそうとは限らないんじゃないのかなと思い…」まで話した。ら、即座に別の男性から「そんな態度で生きていけると思うのか!」という野次が飛んできた。

この瞬間、ああ、これはもう何を言っても無駄だなと思った。完全にイメージだけで話されているから、それを訂正することは無理だ(キリストの気持ちがちょっとだけわかった)。そう思った私は、聴衆の方々の理解を得る方向ではなく、別の方向にシフトチェンジをすることに決めた。

この日、会場には私の友達も遊びに来ていた。ので、彼らを笑わせることに目的を定めた。いいか、見ていてくれ。いま、これほどまでに罵声を浴びている俺の状態も結構面白いとは思うけれど、いまに逆転ホームランをかっ飛ばしてやる。が、いまはまだ忍耐の時間だ。が、いまに見てろよこの野郎。

引き続き、聴衆の方々から「お前は感謝が足りない」とか「親に悪いとは思わないのか」とか「親の顔が見てみたい」とか「結婚はどうするのか」とか「老後はどうするのか」とか、言いたい放題の状態に置かれていた。私は、言葉のデットボールを浴び続けていた。肉体はボロボロになっていた。が、いまはまだまだ忍耐の時間だと思った。時は必ず来る。そう思って耐えた。

会場には、F県の市議会議員をやっている50代の女性もゲストで来ていた。参加者のみならず、いつの間にか、この女性からも私は罵声(?)を浴びるようになっていた。彼女は話す。結局、あなたは目立ちたいだけなんでしょう。その瞬間、私は「チャンス!」と思ってバットを強く握り締めた。

市議会議員の女性は、全身真っ青のスーツを来ていた。スカイブルーなんてレベルではなかった。どぎつい青色のスーツだった。誰が見ても「青っ!」と思うくらいの、若者の感性からすると圧倒的にダサい青色のスーツを着ていた。そんな女性から「結局、あなたは目立ちたいだけなんでしょ」と問われた。ので、私は、咄嗟の判断で「僕は青いスーツは着ません」と答えた。

僕は青いスーツは着ません(キリッ!)

そう言った瞬間、これまで黙って観客席にいた友達が、ゴトッ!って少しだけ椅子から腰を浮かせた。私は「見たか、友よ!(俺、言ったったよ!)」的な視線を送った。友達からも「見ました!いま、はっきりと目撃しました!」的な視線が戻ってきた。私は「ありがとう、友よ!」と思った。君たちが見ていてくれたからこそ、俺は、俺は、俺は、この(超絶個人的な意味で)ホームランを「おら!」とかっ飛ばすことができたのだよと思った。

市議会議員の女性は、カウンターパンチをくらった瞬間に「まったく、あなたはすぐにそう言うことを言う」みたいな感じで、何も言わずに引き下がった。私は、もう、このやりとりができただけで遠路はるばるF県まで来て本当によかったと思った。試合はボロ負けしたけれど、罵声のデットボールを全身に浴び続けたけれど、それでもなお「今日のMVPは完全に俺だ」みたいな至福の大海原に散ることができた。灰になるよろこびに包まれていた。

イベント終了後、友達と合流をした。友達は話す。いやあ、やりましたね。今日のけいごさんは、野球の話でたとえるならば、観客席で見ている俺が三塁手で、けいごさんは相手チームのバッターで、敵ではあるものの、けいごさんがあまりに美しい軌道を描くホームランを打つものだから、自分としても「敵ながらあっぱれ!」と感嘆する三塁選手の気持ちになりました。と。

敵ながらあっぱれ。素晴らしい言葉だと思った。直後、イベント参加者の女性たちから「今日は面白かったです!自分は坂爪さん側の人間なので、うわー、めちゃめちゃ言われているなあって震えていました。キリストが殺された時も、こんな感じだったのかもしれませんね!!」などの言葉を貰った。

これらの体験を総じて、結局何が言いたいのかと言うと「こいつらを笑わせることができたら、もう、それだけでいい」と思える誰かがいることは、最高に素晴らしいということだ。もしも、F県のイベント会場に私の友達がいなければ、私は、ただのボロ雑巾になって当日を終えていたかもしれない。

ホームランをかっ飛ばすことができたのは、自分だけの力によるものではなく、見ていてくれる誰かがあってのものであり、同時に、罵声を浴びせてくれる聴衆があってのものであり、これはもう『みんなの力』で生まれた喜劇だと思った。逆縁の菩薩的発想である。苦しみこそが、恵みを与えたのだ。

誰かのためとか言っていないで、自分のために生きること。誰かの期待に応えるのではなく、自分の期待に応えること。誰かに何かをしてもらうことを待つのではなく、欲しいものは自分で獲りにいくこと。誰かを救おうとするのではなく、まずは自分を救うこと。自分を幸せにすること。自分が自分を救う時、副産物として、おのずから周囲を照らす光を帯びることを学んだ。

ら、奇跡が起きた。

(つづけ・・・)

バッチ来い人類!うおおおおお〜!