幸せになら一秒でなれる。
知らない人に会うことは、知らない国に行くみたいだ。ハワイに呼ばれて、マウイ島に八日間滞在した。事前に決まっていたことは、朝晩三十分の瞑想だけ。それ以外は自由行動で、渡航費と滞在費は全額を出していただいた。ハワイに行く前、有り金をおはなに変えて東京で配った。女性A様から「おはなと旧米ドル紙幣を交換しませんか?」と連絡をいただいた。A様は化学物質過敏症で、なかなか遠出をすることができない。最近の調子はどうですかとお聞きしたら「実は今、人生で一番どん底の時期にいます」と言って、A様は笑いながら涙を流した。別れ際「こんなことを人に話したのははじめてかもしれない。私の代わりにハワイを楽しんできてください」と言った。
ハワイ初日に携帯を紛失した。写真を撮ることもメモをすることも連絡を取ることもできなくなった。驚くほど無力で、驚くほど自由だった。ハワイに呼んでくださったM様は、オーラの色を見ることができたり、算命学に詳しい。私の色はゴールドと白。太陽星座が牡羊座の私は、月星座が蠍座で、K様と一緒だった。量子力学的に、フォトンと呼ばれるものを人間は放ち続けていて、同じフォトンを引き寄せる。イライラすれば別のイライラを呼び寄せるが、おかげさまの考え方をすると、前向きに転化することができる。携帯を失くした『おかげ』で与えられた恩恵の方に目を向けると、今、そこにある恵みを受け取ることができる。フォトンは、自分で選ぶことができる。
海を眺め、海を泳ぎ、虹を見て、鯨を見た。何もしないをたっぷりやった。散歩中、恰幅の良い黒人の女性に声をかけられた。あなたはここの人かと尋ねられたので「日本から来た」と答えると、彼女は「来週は自分も日本に行く。一緒に行く予定だった人が行けなくなった。それにはこういう事情がある」と身の上を語りはじめ、最後に涙を流した。私は、言っていることの半分も理解していなかったが、静かに頷き続けた。別れ際、彼女は「Have a good life」と言って、右腕を差し出した。私も、自分の右腕を差し出した。強い、かなり強い握手をした。強者ではなく、弱者が支えている。この星を支えているものは、なかなか人の目に触れることのない哀しみだと思った。
K様は「坂爪さんの、その、相手の気持ちを受け取ることなく、透明なまま話を聞けるのが凄いと思う。私は、どうしても相手の苦しみを受け取ってしまう」と言った。自分でも、なぜ、そのような機会がたくさんあるのかはわからない。私は、誰の話を聞いても「重い」とは思わない。ただ、そういうことがあったのだという事実として聞く。同情する訳でも、可哀想だと思う訳でもない。一つの物語として、人生に触れさせてもらっている。不幸な人間はいない。不幸に見える出来事も、ある種の伏線として、回収されることを待っている。不幸が大きいほど、伏線が回収された時の感動や喜びは大きい。伏線を回収するまでは死ぬな。そんな、祈りにも似た思いが常にある。話を聞いて疲れることはない。逆に、元気をもらう。勇気をもらう。疲れる時は、やり方を間違っている合図だと思う。自分の限界を見誤り、誰かのために「してあげている」と思う時、強い疲労を覚える。してあげているのではなく、やりたいからやっている、させてもらっている。待つと持つは似ている。聞かれて答えるのではなく、自分から進んで語り出す。持っているものが出てくるために、ただ、待つ。待っているものは、持っているものだ。
人が気になるのは、自分が充実していない時。人にはそれぞれの生き方があり、人にはそれぞれの伏線がある。他人の生き方をああだこうだ言う前に、自分の声を聴く。自分の物語を生きる。人には人のやり方がある。問題は自分。自分はどう動くか。自分はどう狂うか。私が人生に期待することを生きるだけではなく、人生が私に期待することを生きる。ホノルルで魚座の新月を迎えた。魚座の新月は愛とデトックスの時期で、携帯を失くしたのはデジタルデトックスのためかもしれませんねとK様は言った。映画を三本見た。オデッセイ。シャイニング。ライフ。綺麗なだけのものには力がない。世界を見よう、危険でも立ち向かおう、壁の裏側を覗こう、もっと近づこう、お互いを知ろう、それが人生の目的だから。これがライフ誌のスローガンだった。新しい場所に行くことは、新しい自分に出会うことみたいだ。世界中の人と繋がるために、いつまでも孤独でいようと思った。ハワイを離れる前、航空会社から携帯が見つかったと連絡が届いた。米国から日本に郵送するため、これだけの金がかかると記載されてあった。その金額は、日本を離れる直前にA様からもらった旧米ドル紙幣の金額と、ぴったり同じ金額だった。
バッチ来い人類!うおおおおお〜!