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恵文社一乗寺店 7月の本の話 2024

こんにちは。書籍フロアの韓です。

7月の書籍売上ランキングと、おまけの本の話。
今月もよろしければどうぞお付き合いください。


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1位 庄野千寿子『誕生日のアップルパイ』(夏葉社)

家族や家庭の出来事をヒントにした作品を多く残す作家、庄野潤三。
そのパートナーである庄野千寿子さんが長女・夏子さんへ宛てた手紙をまとめた『誕生日のアップルパイ』が1位にランクイン。

手紙として差し出される愛情と、ユーモアたっぷりの語り口で送る庄野千寿子さんによる紙上のリサイタル。幸せが幸せを呼ぶよはよく言いますが、こういった愛情こもった遊び心から生まれるものなのでしょう。
夏子さんへのまなざしを通して、庄野家を明るくらんらんと照らす千寿子さんが浮かび、たまに覗くイラストが可愛く朗らかな一冊。


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2位 久保田寛子『タコのくに』

イラストレーター・久保田寛子さんの作る、手の平サイズのアイロニカルな漫画作品『タコのくに』が今月2位に。
どうやら現実にも似たような会話が聞こえてくる「タコのくに」での出来事。社会規範や思想はどこからやってくるのか、読者にさりげなく問いかけます。


同月、書籍フロアの一角で開催されていた久保田寛子さんの原画展にあわせ、たくさんの方が手にとってくださいました。ありふれた日々に一匙のユーモア。愛らしいセンスの光る展示でした。


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3位 『NEUTRAL COLORS 5』

その地の様式や個々の文化が最も強く滲み、同じ国で同じ言葉を使っていても、背景に潜む機微や伝わるニュアンスや異なる「言語」。

60歳を超えた編集長の父がはじめた韓国での一人暮らし、手と指先から対話が生まれる点字と手話、人間とAIが探す新たなオノマトペ、身体でことばを語ること。大切なこと、伝えたいことを他者へ伝えるために、自らの視界を広げるために、私たちが日々用いている流動的な存在との新たな向き合い方を探ります。

「個人」の手帳に書き込まれた記憶を開するように放たれる『NEUTRAL COLORS(ニュー・カラー)』最新号が今月3位に。


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4位 おぼけん『新百姓宣言』(ている舎)
坂口恭平『生きのびるための事務』(マガジンハウス)

さまざまな場面で資本主義の限界が垣間見える今、個々の人間が根本的に秘めている「つくる喜び」を大切にする創造性主義に注視し、新たな社会の仕組みや物事の見つめ方を提示する『新百姓宣言』。学びや遊び、クリエイティブを実践する生活に必要な肝となる部分となる”事務”にフォーカスをあてた『生きのびるための事務』が4位にランクイン。

ひとりひとりがより良く生きるために、決意したことを継続していくために。棚にあると頼もしい2冊です。


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5位 『海のうた』(左右社)

中ジョッキを海に見立てて深海の話をしてから深海を飲む

仲西森奈

あっ、ビデオになってた、って君の声の短い動画だ、海の

千種創一

海を見よ その平らかさたよりなさ 僕はかたちを持ってしまった

服部真里子

やさしい海、ふとしたワンシーンを思わせる海、暗い海、まばゆい海、せつない海…。どのページを開いても「海」が広がる、同時代の歌人100人がうたった100首の短歌を収録したアンソロジー『海のうた』が今月5位に。
海が好きなあのひとへのプレゼントに、海へ向かう電車のなかで。海に想いを馳せながらページをおめくりください。



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今回のおまけ話では、気になる新入荷から。

「街角の影がくっきりふりかかる太陽からの冷たさに耐え」

「何者も調べたことのない言葉とても素朴で遠くから来る」

「目が醒めて匂いを嗅いで好きだといい猫になったあとなんとなく死ぬ」


この3首、実はAIによってつくられた短歌なんです。

ということで、今回ご紹介するのはタイトルからして興味を引かれるこちらの一冊。

今や私たちにとって身近な存在となった「AI」が生み出す短歌の仕組みから、そのAIができるまでの実践と研究、創作面での付き合い方を探る『AIは短歌をどう詠むか』。そもそも良い短歌とは何なのか、短歌そのものの面白さについてもたっぷり語ります。著者は、朝日新聞社に従事していながら「自然言語処理」(人々が日常で扱う言葉や言語をコンピューターが処理する技術)の研究と開発に取り組む浦川通さん。

言葉のリズム、質感と厚み。生き物特有のささいな機微から生まれる短歌と、確率や推測、連想と文脈から生まれる短歌。

与えられた文字列から、個々の主観や感情によっては選ばれにくい描写を抜き取るAIと、共感を呼びおこす情景をより繊細に映し出し、記憶と感覚を頼りに歌を組み立てる人間。それぞれにしかできないことについても思考をめぐらせます。

生成された短歌を、現役歌人が添削を行う章も。

人工知能に対し距離を置きすぎることなく、うまく手を取り合い、付き合っていくための関係性を見つめ直すヒントも散りばめられています。人間が生み出したテクノロジーを知ることで人間そのものを学ぶ。こうして書き起こすとふしぎな気持ちにもなりますが…。

短歌に興味をお持ちの方はもちろん、形式を問わずものづくりをされる方にとっても新たな手引書となりそうな、どんな角度からも楽しめる読み応えのある一冊です。


それでは、来月もどうぞお楽しみに。



(担当:韓)


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