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監察対象 新装坂路

0.はじめに

 こんにちは。競馬ブック美浦時計班の唐島です。

 美浦トレーニングセンター坂路コースが4カ月近い改修工事を経て、この秋からリニューアルオープンしました。さまざまなところで取り上げられている話題なので、ご存知の方も多いと思います。

 先月あたりに栗東の若手の方から「新坂路についてのコラムを書いてもらえないか」という依頼を受けました。頼りにされたのが嬉しくて、つい二つ返事でOKしてしまいましたが、よくよく考えたら「これ、結構難しいぞ」と。なぜならターゲットによって書く内容も変わってきますし、新坂路についてのコラムや解説動画がもうすでに溢れているわけで、自分が書くことの意味、他の記事との差別化を図るにはどうすればいいだろう、と思ったからです。

 ただ、以前のここの記事を見返してみると、競馬ブックnoteを立ち上げた理由として「若いファンを増やす」ことが挙げられていました。なら、そこまで難しく考えなくていいだろう、ということで、今回は競馬初心者を対象にしようと思います。

 まず、以前と何が変わったのか(他の記事とほぼ同じ内容の話)からスタートして、オープンから約1カ月間での印象、そして基本的なことなのに意外と他では触れられていない話、最後にまとめ、という流れで書いていきます。もちろん、興味があるところだけ読むのでも構わないので、気軽な感じで楽しんでください。

 



改修された坂路

1.改修内容

 コースの全長が1200メートル、調教タイムの計測区間が800メートル、というのは以前と変わりありません。おそらく、最も肝となる変更点は高低差が33メートル(旧坂路比でプラス15メートル)になったこと、そしてそれに伴ってスタート地点からほぼずっと登り坂になった、という点でしょう。実は以前は坂路と言っても計測区間の前半部分は平坦に近かったのです。

 そもそも、まずなぜこのような工事が行われたのかというと、関西馬との力の差を埋めるためです。栗東坂路の方が高低差が大きく、計測区間はずっと登り坂です。これが関東馬よりも関西馬が強い要因のひとつだと言われていました。

 「あれ?でも最近GⅠで関東馬がよく勝つよね?」と思う人もいるかもしれないですね。トップレベルの馬だけ見ると確かにそうですが、全体的に見るとやっぱり関西馬の方が強く、特に短距離ダート新馬戦だと力の差が感じられる印象です。実際どうかは別として、そういうイメージが染みついている、というのがまず問題でした。

 「栗東坂路よりも高低差が大きくなった」と大々的に宣伝されていたのは多分そのためです。


2.ここまでの印象

 オープンしてからの2、3週は少し時計がかかっていて、どれだけ速くても4ハロンで52秒台が限界、という感じでした。ただ、最近は時計が速くなってきていて、51秒台が出る馬も珍しくありません。もちろん、馬が違うので一概には言えませんが、しばらくコースを使っていったことで馬場が馴染み、走りやすくなってきたのではないでしょうか。

 ただ、それでもスタート直後から登り坂なわけですから、やはり体力のない馬だと最後はアップアップになってしまいます。

 ちなみに、もうひとつ改修点として挙げられるのが、ゴールが以前よりも手前になったことです。それによってゴール後に馬を止めるための距離が長くなって安全性が増しました。ただし今まで見た感じだと、余力のない馬は止めようとしなくても手綱を緩めるだけで自然と走るのをやめます。逆に力がある馬は、ブレーキをかけて減速はしますが、フットワークには勢いがあって、余力が残っているのが分かりやすいです。

 そう考えると、力のある馬とない馬とで、ゴール前後の動きにかなり差が出るコースになったと言えるでしょう。

 それでも、まだ自分の中では手探りな状態が続いています。たとえば、秋の東京開催の新馬戦で波乱を演出した本間厩舎のキタノソワレペイシャスウィフトは直前坂路で追い切った馬でしたが、正直ノーマークでした。そういう馬が穴を開けるとやっぱり悔しいですね。ちなみにどちらもダート短距離の新馬戦、というのが共通点です。ひとつ前の章でも触れたように、やはりこの条件だと坂路調教の効果が出るのかもしれませんね。今後もこの条件では坂路調教馬が高配当的中の鍵になりそうです。

2023年11月12日 東京4R 新馬戦


3.坂路とトラックの使い分け

 ここでちょっとコラムの趣旨は変わりますが、せっかくなので調教コースの特徴の違いについて簡単に説明します。

 当たり前ですが、調教コースは意味があって各厩舎は使い分けています。

 トラックの主なメリットは「距離が長い」「メリハリのある調教ができる」「手前変換の練習ができる」といった実戦練習に向いている点です。デメリットは「スピードが出過ぎてしまう」ゆえに「折り合いが難しく」「足元に負担がかかる」点です。

 坂路のデメリットは「一本調子の走りになりやすい」ので実戦練習にはあまり向いていない点です。メリットは「スピードを抑えられる」ので「折り合いを心配する必要があまりなく」「足元を気にせず筋力をアップすることができる」点です。この「足元」が坂路が重宝される一番の理由かもしれません。特に2歳の時期だとまだ体がしっかりしていませんから、坂路はかなり必要とされるコースになります。

 だから坂路が使えなかったこの夏の調整が難しかった、という話も多く聞こえてきました。


4.見逃されがちな基本話

 みなさんは「追い切り」と「調教」の違いが分かりますか?

 多分、ごっちゃになっている方が多いと思います。もちろん、それでも特に問題はないレベルですが、このふたつは必ずしもイコールでは結ばれません。

 「追い切り」とは、普段皆さんが新聞やVTRでよく目にするもので、ざっくり説明すると、1ハロンを15秒よりも速く走る運動のことであり、この時の時計が新聞の調教欄に記載されます。

 「調教」とは追い切りだけではなく、角馬場での運動や引き運動なども含まれます。よく映像とかで厩舎の周りを歩いている姿を見たことがありますよね。あれ、別にただ散歩してるだけではありません。ウォーミングアップやクールダウンを通して、人と馬とがしっかり意思疎通できるように「調教」しているのです。休馬日である月曜日以外、ほとんどの日に「調教」は行われます。

 例えるなら「長方形」と「正方形」の違いみたいなものでしょうか。

 なぜこの話をするのかというと、「追い切り」以外の調教も坂路で行われるからです。

 調教欄にWコースの記載しかないからといって、まったく坂路を使っていない、というわけではありません。追い切り日でなくても、キャンター(人間でいうジョギングみたいなもの)で坂路を使う馬も多いのです。むしろ、以前よりも数は増えたような印象があります。

 坂路が新しくなったことで、軽い運動だけでも今までより負荷がかかりやすくなったのですから、決して表に出るような目に見えるトレーニングではないですが、そういった小さいことの積み重ねが次第に大きくなってパワーアップにつながるのではないか、と思います。


5.さいごに

 以上です。いかがでしたか。

 競馬ファン歴が長い方へ。もしこの記事が面白いと思っていただけたなら、身近の競馬初心者に「こういう記事があるから読んでみて。分かりやすいよ」とおススメしてもらえるとありがたいです。

 競馬初心者の方へ。基本的なことは抑えつつ、中身のあることも書けたはずです。ぜひ、この記事の内容をドヤ顔で競馬先輩に語ってみてください。普段はマウントを取ってくる競馬玄人もたぶんビックリしますよ。きっとその瞬間は快感だと思います(笑)。そのお手伝いができたなら嬉しいですし、もしこの記事がキッカケで調教に興味を持っていただけたなら、もう最高にハッピーです。

 最後になりますが、実はこの件を依頼された際、「新坂路で成績が上がった厩舎や馬のこと」にも触れて欲しいという要望もありました。例えば先週の競馬だと、黒岩厩舎で直前坂路だったルージュエヴァイユがエリザベス女王杯で2着、クラッシファイドが福島の新馬戦で楽勝しました。ただ、これが新坂路のお陰だったのかは分かりませんでした。まだオープンしてから1カ月くらいしか経っていないですし、効果が分かるのはもう少し先かな、という気がするので、ここは微妙にスルーしました。ごめんなさい。また追って調査報告しますね!

2023年11月11日 福島5R 新馬戦


競馬ブック美浦時計班 唐島有輝
1993年7月11日生まれ。2017年入社。美浦坂路担当になって約2年が経ちますが、まだ手探りなどころか、どんどん分からない部分が増えてきている感じがします。トライアンドエラーの日々ですが、掴めないことが多いのも競馬の魅力ですよね。少しでも皆さんの力になれるよう頑張ります。趣味は散歩、銭湯、出張先での飲み歩き、最近は喫茶店巡りにも嵌っています。


 


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