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魂を象った人形をもとめて


個展を数日後に控え、思いもよらぬサプライズがありぶるぶる震えています。
今や球体関節人形を語る上で欠かせない存在の珈琲舎・書肆アラビク オーナーの森内さまから、作家大西けい並びに作品への推奨文をいただきました。

素晴らしい文章に読者として読み入ってしまい、自分の事なのかと喜びを噛みしめています。本当にありがとうございました。

以下推奨文


魂を象った人形をもとめて
森内憲(書肆アラビク)

「耳、いらんなあと思って」ことも無げにかの女は言った。
アンティークのパーツや布を組み合わせて、アクセサリィの制作をしていた。装身具から、オブジェ、ぬいぐるみの制作にいたる。スタンダードな、布を縫い合わせたパーツを繋いだテディベア。作品は年ごとに変化していく。目がつけられていないものができた。そして耳がなくなった。耳のないぬいぐるみにマチのある布袋を被せた作品は、かの女のファンを増やした。FANTANIMA! という海外と日本の個性的なアーティストベアが集う展示販売会でも、ひときわ人気を集めた。特定の動物を模しているように思われない「ぬいぐるみ」。その顔を袋で覆うことで、作品は謎めいた意思を持っているように思われた。
次の作品がどうなるか、ファンの期待は高まった。
 果たして翌年は「人形」が生まれた。マズルが低く、耳のない丸い頭には、上下の瞼をあしらわれた目があるばかり。素材はリネン。胴と手足のパーツはシンプルな筒状で、肘と膝の関節が球状のビーズで繋げられている。手には指。膝を曲げて腰掛ける姿には愛嬌がある。かの女は「Boll-jointed doll」と名付けた。各部を見るとぬいぐるみだが、人形に求められるものはすべて具えていた。

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「人形に求められるもの」とはつまり、呪術・愛玩・鑑賞の三つの要素を備えているということである。10代のころから球体関節人形に憧れていたかの女は、アクセサリィ、オブジェ、ぬいぐるみを制作しながら人形に到達した。だから人形とは何か、を常に自問自答しながら制作している。「球体関節人形」の型を習う師につかなかったのは幸いだった。

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大西には「no name doll」と名付けられた、より素朴な作品がある。扁平の、前方後円墳のような頭(かしら)とボディに細い手足がつく。後円に当たる頭頂部からは数本の糸が出ている。そこに目をあらわす二つの丸。
主素材であるリネンの素朴さも相まって、這子(ほうこ)を連想させた。這子は、現在にも伝わる「猿ぼぼ」「奉公さん」「くくり猿」等の原型で、よく知られている猿ぼぼを縦に伸ばし、より素朴にしたような人形である。江戸時代の少女たちは裁縫の習い初めに木綿の布でこれを作り、遊び道具とした。奈良時代から基本的な姿を変えていない這子だが、江戸時代、天然痘の流行に際して魔除けとして赤い布が用いられるようになった。現在の猿ぼぼや、くくり猿はそうしてできた。人形の持つ呪術的要素である。人形は祈りの道具なのだ。
 人は祈ることで、自分の望みに気がつく。切実な祈りは、自分の中にしかない。魔除けの這子を作ることで愛するものを守りたいというのも究極の望みだろう。京都の八坂庚申堂という寺では、カラフルなくくり猿に、思い思いの願い事が書かれて奉納されている。しかし欲望を捨てないと、くくり猿に書かれた願いは叶わないという。禅問答のようだが、純粋に追求された自分の願いは叶うということでもある。愛されたい、という欲望は叶うとは限らないが、愛する、という願いはすぐに叶えることができる。
自分にとっての理想の作品を作りたい、というのは作家の純粋な願いだ。理想の作品は、その作家自身が望んだ姿をしているはずだ。それは作家の魂を象(かたど)っているはずだ。

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 彫刻と人形との違いを、抽象と具象とに分類する視点がある。すなわち木や石を削り、「引き算」で制作するのが彫刻。粘土を盛って「足し算」で制作するのが人形。現代の彫刻では、針金のように細い姿をした、アルベルト・ジャコメッティ(1901-1966)の作品が究極の作品の一つと言っていいだろう。人間の肉体を削ぎ落とし、魂の姿を彫り出したものだ。
 かの女が作るぬいぐるみの頭からは耳がなくなった。ボディや手足はくびれがなくなり、シンプルな筒のようになった。テディベアを抽象化したものと言っていい。ぬいぐるみの核を探るかのような作品は、あるはずもないぬいぐるみの魂を象ったように思われた。それが袋を被っていたのは、魂をそのままでは見せられない、という含羞があったのかもしれない。

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いま、わたしの傍らには「boll-jointed doll」がいる。大きな猫ほどの大きさの人形に触れると、麻のざらざらとした感触が伝わる。ボディを押すと、中に詰められたおが屑が、みりと音を立てる。Boll-jointed dollは足を投げ出して座っている。意思をもってそうしているかのように。もう袋は被っていない。
 大西けいはこれからも、魂を象った作品を作り続けるだろう。それが人形であることは、わたしにとっての大きな喜びだ。



珈琲舎・書肆アラビク

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