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知識管理ツールの役割分担について

*この記事は、"The division of roles in knowledge management tools"を翻訳したものです。

著者・翻訳者: 渡辺圭祐

知識やコンテンツを管理する製品を作っていると、さまざまな疑問に出くわします。その中でも特に興味深いのは、なぜ人は自分が発見したコンテンツや学んだことをそのままにしておくのだろうか、という疑問です。数年前にたまたま見つけたコンテンツは、現在では価値があるとは思えませんし、その分野でいろいろ調べて見つけたり、学んだりしたものでなければ、役に立つとは思えません。それでも、コンテンツを残そうとする人の行動は面白いと思いますし、その理由としては次のようなことが考えられると思います。

  • 情報を見返すことで、それを覚えることができる。

  • ある特定のコンテンツや情報を整理することによって、文脈や関連性がわかり、学習できる。

  • 良いコンテンツに出会ったら残し、いつでも参照できるようにしたい。

  • 今の自分の思考や感情を将来の自分が参照・分析できるようにしたい。

  • 時間や労力を投資しているので、無駄になってしまうのを恐れる。

3つ目はキュレーションの文脈であり、たくさんの情報が溢れている中では、質の高いコンテンツが価値となります。質の良いコンテンツを選び、保存するというのは人間の本質的な欲求であり、キュレーション・メディアテクノロジーの専門家であるRobin Goodは、Why To Curate Informationという記事の中で以下のように述べています。

「コンテンツ・キュレーションは、資源の豊富さという自然現象に対する自然な解決策である。[...] それは自然な、自発的な現象です。」

Why To Curate Information

4つ目は、ある方にインタビューしている時に教えられたのですが、彼女はブログの中で以下のように述べています。

「勉強している間に、今まで人に話したこともなく、書き留めようともしなかった興味深いことをいくつか学びました。今、その洞察を書き留めておけば、もう少し分析できるのにと思います。おそらく、自分でも見つけられないような、今の自分にもっと意味を見出せるかもしれない。」

Not so trivial.

そして、これに対して彼女は以下のように推奨しています。

「私は、思いついたアイデアや考えを、アプリのエディタやグーグルドキュメントのファイルなどに書き留めることを強くお勧めします。 このアイデアが将来的にどのように役立つか、あるいはさらに良いアイデアを閃くのに役立つかもしれないのです。」

Not so trivial.

書き留めるという点は非常に大事だと思いますし、この点について私は個人のアイデンティティの確認が根本的な欲求があるのだと思います。人のアイデンティティというのは、意外とわからなくなるもので、人は他人との関係性の中か、過去の自分から一貫する明示化されたヒストリーの中でアイデンティティを確認しています。時間と共に存在するログ、過去の自分と今の自分を関連づけるデータは、自分を知る・再確認するという意味で非常に大事なのだと思います。

5つ目は心理的安全性です。私は知識やコンテンツを保存する理由の中でも、この心理的安全性が高い確度を持っていると思います。

reproofというライティングツールを作っているMatthew Guayの記事、Notes apps are where ideas go to die. And that’s good.の中で、彼は以下のように述べています。

「問題は、私たちが自分の考えや発見に価値を見いだすことです。時間をかけて考えたり、見つけたりしたものには、何か価値があるはずです。それを失うのが怖いのです。ダニエル・カーネマンが『Thinking, Fast and Slow』で「損失回避」という概念を説明しているように、「損失に対する反応は、利益に対する反応よりも強い」のです。」

Notes apps are where ideas go to die. And that’s good.

このように、人は損失回避をする強い感情的な動機があります。実用的な効用とも合わせて、このような動機が知識管理ツールを発展させているのだと思います。

では、出会った良い情報や知識を何でも保存できるようにすれば良いのでしょうか?そのためのオールインワンプレイスを作れば良いのでしょうか?

私はそうは思いません。それには、人がどのようにコンテンツを発見し、消費し、保存するかというフローとそれぞれの段階でのジョブを考える必要があります。

一般的に言って、人は情報を収集してから保存するまで、以下のフローを辿ります。

  • コンテンツの発見

  • 良さげなコンテンツや重要そうなコンテンツの一時保存

  • 本当に良いコンテンツやエッセンス・知識の永久保存

2番目と3番目の間には、実際のコンテンツを読んだり、重要なポイントを整理するなどの実際の消費のアクションが含まれます。
そして、対応するサービスやプラットフォーム、手段は以下のものが考えられます。

  • コンテンツの発見: 検索エンジン、ニュースレター、ユーチューブ、ポッドキャスト、ピンタレスト、ツイッター、リンクトインなど

  • 一時保存場所: Pocket、 Instapaper、Send to Kindle、Feedly、ブラウザのデフォルトブックマークなど

  • 永久保存場所: Roam Research、Obsidian、Notion、Evernoteなど

そして、それぞれの段階でのジョブは以下のように考えられます。

  • コンテンツの発見: 良さげなコンテンツ・興味のある情報を発見する。

  • 一時保存場所: 興味を持ったコンテンツの一時保存。覚えて置かなければならないものを忘れる(ワーキングメモリの回復)。大量に開いたタブを閉じて仕事を効率化する。実際に読みたいコンテンツをフィルターする、読まなければ消す(長いコンテンツを読ませるというのも効果としてあります。)

  • 永久保存場所: 本当に質の高いコンテンツやエッセンス・知識が安定的に保存されていて、いつでも参照できる。一時保存場所内のコンテンツ・情報から、さらに良いコンテンツを抽出したり、オーガナイズして保存する。

一時保存場所と永久保存場所で別々のプロダクトを利用するのを想定しているのは、それぞれのユースケースとジョブから考えれば理にかなっていますが、より詳細な理由は以下になります。

  • 一度自分のフィルターを通ったコンテンツリスト(一時保存場所)はコンテンツを発見する場所に比べると、自分にとってより有用なものが溜まっています。しかし、全てのコンテンツの中身を見てフィルターしている訳ではないので、実際にはまだノイズが多いです。

  • 永久保存場所では本当に良い、質の高い情報が集約され、すぐに発見できなければなりません。ノイズが多いと、それが効率的に行えません。

  • 人は一つのプロダクト・機能に対して、1つのジョブを期待します。ジョブは実際にそのプロダクト使うときの感情やマインドに紐づいており、別のジョブをする時はプロダクトをスイッチする方が理にかなっています。

もちろん、人によっては、一時保存場所と永久保存場所が一致し、きちんと管理できる場合もありますが、それはコンテンツを一時保存する時のフィルターレベルが高いか、貯めたコンテンツを断捨離する能力が高いのだと思われます。

また、アカウントを切り替えたり、UIを変更することで、同じ知識管理ツール内で一時保存場所と永久保存場所が両立することも完全に無いとは言えないでしょう。

一時保存場所と永久保存場所、それぞれのジョブや役割を考えると、それぞれにおいて、以下のような基本的なプロダクトストラテジーを取ることが理にかなっています。

一時保存場所:

  • 対応できるメディアのタイプを増やす。ウェブ記事、画像、PDF、動画、音声、本など。

  • 対応できるメディアの保存元を増やす。ツイッター、ピンタレスト、 デバイスからのアップロード、YouTube、ブックマークのインポート、キンドル、Medium、リンクトインなど。

  • 一時的に簡単に保存するため、シームレスにどこからでも利用できるようにする。モバイルで保存したものがデスクトップ・タブレットで読める。

  • 一時保存したものをすぐに探せる。一覧、時系列で見えるようにする。

  • 中間点としての役割なので、コンテンツのインポートとエクスポートをできるようにする。

  • 永久保存場所としての役割は求めず、永久保存場所と連携し、一時保存場所内の消費したコンテンツのアーカイブやデリートを促進させる(ノイズが増え、リンクの墓場となることを避ける)。もしくは、それが気にならないようにする。

永久保存場所:

  • 高い安定性・信頼性を担保する。コンテンツをローカルファイル、かつ、クラウドに保存する。

  • 検索・参照が簡単に、効率的にできるようにする。

  • 本当に良いコンテンツ・知識のみ貯まる場所にする。すなわち、できるだけノイズが入らないようにする。

  • コンテンツの削除や整理を定期的に行える仕組みを提供する。

さらに付加価値を付ける戦略として以下が考えられます。

  • ビジュアライズする (グラフビュー、タグカウンターなど)

  • バックリンクする (単語単位、Roam ResearchやObsidianなど)

  • ページやコンテンツの一部を公開可能にする(Notion、Obsidian)

このように考えてみると、知識管理にはレイヤーに応じて別々のジョブが存在し、使用されるツールも役割が分担されていることに気づきます。オールインワンプレイスを標榜する知識管理システムが毎年のように現れますが、長続きしないのも納得できます。

また、一時保存場所、永久保存場所、どちらにも削除やオーガナイズ、アーカイブをストラテジーに入れています。その理由は、どちらにおいてもコンテンツや知識の溜まりすぎが、最終的にはユーザーを離脱させる原因になり得るからです。コンテンツや情報・知識が溜まっていることで得られる効用を、それらを整理する労力と実際に必要な時に必要なものを参照できないという不便性が上回ってしまうのです。

ユーザーインタビューをしていると、「Evernoteに4000ページ溜まっていて、もう管理できないけど、消したくはない。」「Pocketに数万リンク溜まっているけど、何が重要かわからないのでもう使っていない。」など、様々なフィードバックを受けます。コンテンツや情報は定期的に断捨離させる仕組みがないと、最終的には別のツールに取って代わられる運命にあると思います(最新のツールは検索能力がより優れていたり、メタデータを入力できたり、タグをリファクタリングできたりと、管理方法が進化しているので、この分野がどうなるかは見ものです)。

Obsidian vs. Roam vs. LogSeq: Which PKM App is Right For You?

ここまで来ると、最終的にはすべてのノードが他の複数のノードとリンクしてしまい、何が重要なのかわからなくなってしまいます。

Matthew GuayのNotes apps are where ideas go to die. And that’s good.に印象的な一文があります。

Roam Research でノートの銀河を構築した後、ダン・シッパーは突然「古ぼけたゴミをふるいにかけるような感じ」になることを発見しました。私たちのアイデアや発見のほとんどは、実はそれ自体にはそれほど価値がないことがわかりました。

Notes apps are where ideas go to die. And that’s good.

そうならないために、知識管理ツールを使う人、開発する人は、アイデアやその発見にはあまり価値がないことを認識し、蓄積されるコンテンツや情報の量を減らす仕組みを考える必要があるのです。そうでなければ、次のようなことが起こってしまう。

「だから私たちは再挑戦する。この次のアプリが、唯一の真の方法となるのです。今までの哲学は間違っていたのです。チェックリストよりも矢印の方がいいかもしれません。フォルダや階層とWikiやバックリンクの比較。賢者たちは革命の終わりに技術的な悟りを見いだしましたが、私たちはまだ完全なものに到達していないだけなのです。そしてまた幻想は打ち砕かれ、次の新しいものに向かう。」

この点について、私はReadwiseがうまくやる可能性を秘めているのではないかと現在は思っています。Readwiseは上で述べた3つの分類で言うと、一時保存場所に当たります。人によっては、タグ付け保存したり、デイリーハイライトをチェックするために戻ってきたりするのだと思いますが、Readwiseのコアバリューは、コンテンツのアグリゲーターとしての能力とそのエクスポートの能力にあると思います。

Readwiseほど様々なサービスとの連携がサポートされていれば、コンテンツの保存を一手に引き受けて、永久保存場所として活躍できそうですが、これまでの様々な知識管理ツールの失敗パターンから学び、あえて、Readwise上で管理する機能を作っていないのではと思います。

何か知識管理システムが飽和して次の新しいサービスをユーザーが使い始める時にも、Readwiseにはコンテンツが既に溜まっているので、新しいサービスとの連携をサポートし、エクスポートできれば、Readwiseは使われ続けます。逆説的ですが、知識管理ツールにコンテンツや情報が貯まり過ぎるようではうまく行かない可能性があるということですね。


この記事があなたの知識管理ツールの使い方や開発に関して、何かインサイトを与えることができたら幸いです。まだ思考の整理段階なので、考えが変わっていく可能性はありますが、これまで知識管理ツールを作り、様々な失敗例を見てきた中で、以上のような結論に至りました。

今回の記事で、言及したティッピングポイントや、言及できなかったコンテンツの自動エクスポートのサポートや情報から知識への転換、情報整理の方法論などについて、改めて記事を書きたいと思います。何か質問があれば、この記事にコメントをするか、ツイッターリンクトインのDMでお願いします。


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