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わたしも、「書く」ことができるんだ


本を読むことが好き。

友達と遊ぶのも楽しい。学校で勉強するのも、時々興味が持てないものはあるけれど、知らないことを教えてくれるので、おもしろい。妹とコタツでのんびりテレビを見るのもなかなかいい時間。

でも、やっぱり本を読んでいるときが、いちばんしあわせ。

中学生になって、演劇部の新入生歓迎公演『広くて素敵な宇宙じゃないか』を観て「舞台という表現もおもしろい!」と演劇部に入り、それから「本を読むことと演劇と、その他」がわたしの世界になっていった。

本屋さんで本を買うだけでは間に合わなくて、図書館と図書室でたくさん本を借りた。隣接する市の図書館が使えるようになったときは、すぐに5市分の図書館カードをそろえて、その日の気分によって図書館を使い分ける(!)ということまでしていた。

(そのあたりの話は北村薫先生の文庫『遠い唇』の解説にも書いています。https://kadobun.jp/reviews/8a2aqgmyfzoc.html

高校生になっても本と演劇好きは変わらず、愛読する雑誌は「ダ・ヴィンチ」と「演劇ぶっく」。

「演劇ぶっく」では松尾スズキさんのエッセイが飛び抜けて面白くて、ひとりで「レーズンタベルカー」とエッセイに出てくるネタを部室で布教したり。

「ダ・ヴィンチ」では原田宗典さんの連載「おまえは世界の王様か!」が好きで、(あ、そうか、今までただ本を読んできたけれど、こんなふうに高校時代に読んだ本を記録しておこう)と思い、

・タイトル・作者名・出版社

・あらすじ

・感想

・最大5つ☆で評価

を書くようになった。教室、演劇部部室、図書室横の司書室の、どこかにいるような高校時代。ノートはどんどん増えていった。

どんな本を読んでいたのかというと、子どもの時は、ポプラ社にお勤めだったお向かいの方が箱いっぱいくださった児童書や絵本、それからいとこのおさがりの世界の童話の全集。いちばん幼い頃に「この本好き」と思った記憶がある本は五味太郎さんの「ぶたがブーブー」(今読んでも完璧!天才!)。舟崎克彦さんが訳した「小さなかいぶつたち」のシリーズも大好きだった。繰り返し読んだのは「みんなが知ってる世界おとぎ話」全18巻。小学生の時は「青い鳥文庫」を片っ端から。他のシリーズなら、コロボックルやぽっぺん先生。中学生の時はティーンズハート文庫もしっかり通過(『2001年の人魚姫』、折原みとさん!)。

ベストセラーや話題になったものも読むし、薦められればなんでも読む。とにかく分厚い本やシリーズが好きで『ソフィーの世界』くらい分厚いと嬉しく、高村薫さんの本もどっしりしてて大好物でした。推理小説にはまる時期あり、ノンフィクションにはまる時期あり、新潮文庫の夏の100冊読破を目標とした時期もあり……。

お芝居で好きだったのは「第三舞台」「劇団カクスコ」「劇団ショーマ」「惑星ピスタチオ」「夢の遊眠者」「東京サンシャインボーイズ」。「ラッパ屋」も大好き。でも演劇部の公演はやりやすさもあって「演劇集団キャラメルボックス」のもの(「また逢おうと竜馬は言った」で大会に出たり)。みんな人気劇団で高校生にはチケット取れなくて、深夜に放送されていた「日テレミッドナイト」での「劇場中継」を心待ちにしていた。早稲田小劇場「どらま館」にも通っていて「劇団Electra OVERDRIVE」が解散した時は呆然とした。

そんな本と私と演劇と、みたいな高校生活を送っていたある日、部室の黒板に大きく「卒業生が『ガムテープで風邪が治る』という本を出しました!」という文字があった。

部室は校舎の4階の角っこの、生徒会室の隣の人気のない、文化部が合同で使っている場所。当時は「演劇部」(どたばたする活動は屋上や体育館の舞台へ移動)「漫画研究部」「文芸部」で使っていて、どうやら文芸部の卒業生が本を出して、置いていくついでに黒板に宣伝していったらしい。もう、演劇部が配役書いたり小道具の持ち物書いたり、黒板使ってたのに、誰よ消したの! くらいのぷりぷりした気持ちで、黒板の前に置いてあった本を手に取った。

詩集。でも、ヘンなレイアウト。そして詩のほかに雑誌に載ったときの選評が漫画になってる。いしょ? そうか、作者の「水戸浩一」さんはもうお亡くなりになっていて、知人の「枡野浩一」さんが編集したのか……。教科書に載っている「なんかいいこと言ってる」感じの詩とも、大好きな宮沢賢治のきらきらする宇宙や生き物などをテーマになんかしてなくて、身の回りの、今まさに考えていることをそのまま文字にしたみたいな、こんな詩もあるのか……。

そしてなにより、詩を「書いて」「本にする」ことを、この部室にいた人がやったのか……。「本を書く」なんてほんとうに、雲の上にいるような、自分とは、まったく違う世界に初めから生まれ育った人にしか許されないこと、のように思っていたけれど、この部室で3年間過ごして、そしてついさっき部室に来たらしい人が、そんな身近な人が「本を書く」ことができるんだ……!!

人生ずっと本さえ読めていればいい。結婚しなくてもいいし。仕事もとくに「すごくなりたいもの」があるわけでもないし。将来は事務職などで安定したお給料もらえて、暮らせる分と本を買うお金があればいい。とにかくずっとずっと、本を読めればいい。

でも、たしかに演劇も、見るだけじゃなくて演じるのはすごく楽しい。セリフを言うときの速度や、声の高さや、間や、動作や。オリジナルの舞台とは違う、自分の感じたことを表現するの、楽しい。

もしかしたら、わたしも「書く」ことができるかもしれない。

そのとき、部室と教室を結ぶ階段にこんなポスターが貼ってあった。

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「全国高校生詩のコンクール」審査員には『ガムテープで風邪が治る』にもでてきたねじめ正一さん。

書いてみよう。そして、これに出してみよう。

書けた。まだ書きたい。書くこと、いっぱいある気がする。

新聞で短歌を募集している。短歌、うん、書いてみよう。

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2週間して、新聞に授業以外ではじめて書いた短歌が載っていた。高校の屋上の、演劇部の練習の合間に見た風景のこと。

「公募ガイド」を買ってきて、書けそうなも、片っ端から書いて応募してみた。童話、小説、俳句、脚本、ラジオCM、コピー、書評。締め切りが間に合いそうなもの、片っ端から。

高校卒業間近になって「高校生詩のコンクール」の奨励賞に入賞したと手紙が来た。学校に賞状が届いて、中を見ると、私を撰んでくれた審査員のところに、ねじめ正一さんの名前があった。

溢れるように書いて投稿したもの、しばらくすると受賞のお知らせが届くようになった。たくさんの詩人の方が集まる授賞式に出席して、「本を書く人」に囲まれて、本の中に入ってしまったような、ふわふわした気持ちになった。

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その後、「書く」ことは短歌をメインするようになっていった。長距離を走るのが得意な人もいれば、短距離を走る人が得意な人もいて、さらに球技やマットが得意な人がいる。そんな感じで、短歌のリズムで表現すること、一番しっくり来たのだった。



17歳で「書く」ことをはじめて、21歳ではじめての「本」を出版してから、20年がたちました。とてもしあわせなことに、本を読むこともとても楽しいけれど、本を書くこともとても楽しい、と何度も感じるような20年でした。

本を読むことは今も大好き。暇さえあれば読んでいたい。でも、もしこれからも叶うならば、本を書いていきたい。いや、出版されるされないに関わらず、すっと、書いていきたい。読むことで「本」がわたしの中に取り込まれ、書くことで「本」がわたしから出ていくような、不思議な感じ。わたしが本のおかげで感じた「しあわせ」を誰かに手渡せたら、なによりうれしい。



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新刊『しょんぼり百人一首』

その他の天野慶の本、けっこう、たくさんあります

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『ガムテープで風邪が治る』は愛蔵版になって枡野書店さんで発売中です。

「書く」ことのきっかけになった #枡野浩一 さんと #内田かずひろ さんとのトーク動画(↑の話もしてます)

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