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「彼岸より聞こえくる」第7話

 午前7時20分。

俺は如月卑弥呼の自宅の前にいた。

他3名も一緒に来たがったが、どう考えても目立ちすぎなので、ご遠慮いただいた。その代わり、接触できた際には必ず放課後のオカ研の部室に連れていく事は約束させられた。


「行ってきます!」
 
制服を着た卑弥呼が玄関から出て来た。学校へ行くふりをして、学校には行かないっていう、使い古された作戦だろう。サブバッグの中には私服が入っていると思われる。

「おい。」
と俺が声をかけると、卑弥呼と白タンクトップの女が重なり合って同時に振り向く。

「おまえ、あそこのホテルにいた幽霊だろ。」


如月卑弥呼の家は、世田谷の閑静な住宅地にあった。

この時間の住宅街は、時々会社に向かうサラリーマン風の人とすれ違う程度で、全く騒がしくなく、庭先にはよく手入れされている植物が植えられていて、今日の天気とも相まって、とても爽やかだ。

その中での邪気を含んだ卑弥呼の返答には、とても違和感があった。

「違うよ、わたし、ひみちゃんだよ。」

見えない人が見たら、ただの高校生同士の会話なのだろうが、俺には卑弥呼の体から黒紫の煙のようなものが揮発していくのが見えている。

あまりいいものではない。

「見えてんだよ、白タンクトップ!おまえは卑弥呼じゃないだろ。おまえは誰なんだよ。」

「わたし卑弥呼だよ。」

白タンクトップは、顔色一つ変えずに言い続ける。

「おまえは卑弥呼じゃない。白タンクトップだ。」

何度目かの同じやり取りの後、白タンクトップはこちらを向いて、ちょっと怒った風にこう言った。

「白タンクトップって呼ばないで!!もう、私が卑弥呼なんだよ!!だって、卑弥呼がこの体くれるって言ったんだもん!」

「あ~、でも、俺、お前の名前知らねーし…。じゃ、シロって呼ぶか?」

 シロは、おでこがくっつくかと思うくらいまで俺に近づいて、濁った眼で俺にガン飛ばしながらこう言った。

「ねぇ、気を付けたほうがいいよ…?こう見えてあたし、あんたが知ってる通り、この世に未練残してる幽霊なんだから。」

シロは、「幽霊」のところをとても強く発音した。
黒紫の煙のようなものが増幅し、卑弥呼の周囲から1メートル四方に広がった。



が、俺は全く怖くない。

「おまえさ、全然悪霊とかでもないのに悪いふりすんなよ。とりあえずそいつから出ろよ。」


 16歳にして数え切れないほどの数の霊たちと交流してきた俺。

 実際に死霊なんてどこにでもいる。
家の中にも、道端にも、学校にも。

生きてるのと間違うほど綺麗なのもいれば、もとは人だったんだろうなと思うような奇抜(?)なのもいる。

大半がなんの影響も与えずに普通に暮らして(?)るけど、時たま思いの強いやつがいて、そいつらには少し手荒なことをさせてもらうこともあるが、ほとんどが害のないやつらだ。

 ついでに語らせてもらうと、生霊のほうがよっぽど厄介だ。
考えただけで簡単に飛ぶし、意図が強いし、しつこいのは引っぺがしても引っぺがしても、本体が成仏することが無いがゆえに何度でも戻ってくる。
お守りも、結界さえも効かないこともある。
だって、物理的に見えちゃってんだもんな。
防ぎようがねぇんだよな…。

霊的に見ても、死んだやつより、生きてる人間のほうが怖いってことなんだろうな(笑)

生きてる奴はさ、生きていられる時間は意外と短いんだからさ、人に念飛ばしてるより、自分で自分を幸せにすること考えようぜ。

あと、霊障っぽく見えても、神様とか、妖怪由来だと全く違う世界線になってくるんだが、これはまた別の機会に話すことにしよう。

…だいぶ脱線したな、すまん。

 さて、話を戻すと、こいつは今かなり念が強い。
扱いを間違えれば悪霊になる。その前に卑弥呼の体から出さなければ卑弥呼の体にとっても大ダメージなので、なるべくそうさせないで、体から霊だけ出して成仏させて、体は卑弥呼に戻って、大団円というのが俺の希望だ。


俺が全く怯えないのを見て、シロは作戦変更したのか、急に駄々っ子のようになった。

「やだ、やだ、やだ!絶対に出ないもんね!!あたしは、この人にしか入れないの!」

(?…私にしか入れないって…どういうこと?)
卑弥呼が女幽霊に静かに質問を投げかけた。

卑弥呼はまだしゃべれるようだ。この様子なら、まだ数日いけそうだ。

「あたしは、あんた以外の体には入れない。人はいっぱい来たけど、入ろうとしても弾き飛ばされて、全然誰にも入れなかった。だけどあんたを見たとき、なんでかわかんないけど、これなら入れるかもって感じたんだよね。そしたらいとも簡単にヒュッって入れて、逆にあたし、びっくりしたんだ。」

 シロがぐにゃりと、ゆがんだ至福の表情で笑った。

そのあと、シロは真剣な顔でこう続けた。
「私、どうしても会わなきゃいけない人がいるんだ!でも、体がなきゃあの部屋から出られないんだ!今出たらまた、あの部屋に戻ってしまうかもしれない!…それじゃ、ダメなの!」

こいつが成仏できないのは『人』絡みか。

「その、会わなきゃいけない人っていうのに会ったら、シロは成仏するのか?」
「多分そう!」

「そうか、じゃ、早くそいつに会いに行こうぜ。」

 この世に未練を持ったままその霊を消すこともできる。だけど、未練を持ったままもう一度消失の絶望を味あわせることは俺にとっても絶望だと、幾多の経験で俺は既に知っている。

 死者の願いを叶えたいなんてのは、ただの俺のエゴなのかもしれない。


…だけど、それは悪くもないはずだ。
 


「二人いるの、あたしが会いたい人!」
 
黒紫の煙が少し小さくなった。

#創作大賞2024 #ホラー小説部門

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