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「彼岸より聞こえくる」第4話

第4話

共鳴の章


■死んだ魚の眼


 
 私は、あの廃ホテルでこの女にとり憑つかれた。

とり憑かれたというか、実際には
目が合った瞬間に『体を乗っ取られた』という体験だ。

 意識がはじけ飛ばされそうになったが、
そこは、かろうじてとどまれた。

だが、今、体の中にいるということはわかるが、
体を動かすことも、言葉を発することもできない…。
 


 あの日、この女が、
私の体を乗っ取った時、

女は、私の両方の手のひらをじっと見た。

裏返したり握ったりひらいたりした後に、
手から視線を逸らし、

一瞬、下を向いて、それから、両手で顔を覆った。

それまで、驚いたように見開かれていた目は、
ゆっくりと三日月形に変形し、口角が大きく上がり、

そして女は、

「アハハハハハハハハハハハハハ!!」

と、大きな声で笑った。


それから、だるそうに足を引きずり、
駅の方に歩き始め、
電車に乗り、

着いた先は、

新宿駅の繁華街からは大きく外れた路地にある、

薄暗い、今は誰の手も入っていないような
錆びた鉄骨と、
ひびの入ったモルタル作りの
古いアパートだった。


女は、
奥に向かって並んでいる
玄関ドアの方ではなく、

昔は機能していたであろう、
道路と敷地を隔てるための

胸くらいの高さの塀に取り付けられている、
壊れた鉄扉の隙間から
庭の方に入っていった。

 庭は日当たりが良くないためか、
ドクダミが生い茂り、
歩くたびに、口では説明できない、
不快なにおいに包まれた。

庭と言っても、物干しざおが一列置けるくらいの幅しかなく、
そんなに広くはない。

女はドクダミを踏み倒しながら、そこを進み、
一番奥の部屋の前まで進むと、
そのアパートと隣の家の壁の間の狭い隙間に手を入れた。

そして、おもむろにそこのドクダミを抜き始めた。

縦30センチ横10センチくらいの広さの土が見えてきた。

女は、近くに落ちていた、ちょっと大きめの石を拾うと、
そこを掘り始めた。

じめじめした土の状態と、
草を引っこ抜いたおかげか、

土は思いのほか柔らかく、
割とすぐに深さ10センチくらいの穴が掘れた。

土の中には、ビニールにまかれたものが見えた。

そのビニールを土から引っ張り出し、
急いで服の下に隠すと、

女は、そのまま足早にその場を立ち去った。


 
どこをどう歩いたのかわからないが、
そこは、西新宿公園だった。

女は、すぐにトイレに向かい、手を洗った。

爪の間の土と、
ドクダミのにおいがまだ残っているのが
私は気になったが、

女はそれどころではないらしく、
手のしぶきを飛ばしながら
急いで個室に入る。

鍵を閉めると女は、大きく深呼吸をしてから、
私のお気に入りの、

でも、もうだいぶ土で汚れてしまった、
オフホワイトのサマーセーターをたくし上げ、

黒のロングタイトのベルトに挟んで隠していた
ビニールの物体を取り出し、

汚れた外側のビニール一枚を破り、
そのビニールを、内側の綺麗な方を外側にして丸めた。

ビニールの中のビニールは割と綺麗だった。

ちらっとしか見えなかったが、
何重にもビニールでくるまれていたそれは、
子ども銀行でしか見たことのないもの、

札束だったと思う。


女は、そわそわと落ち着かない様子で
「これからどうしよう…」
と何度も繰り返しつぶやいている。


ふいに、スマホのアラームが鳴った。

23時。
いつもの寝る時間のアラームだ。

 私は、急に親が心配になった。

過保護気味な両親は、おそらく22時過ぎごろから、
何度もスマホに連絡をしているだろう。
スマホが見たい…。
親に連絡したいけど…。

などど考えていたら、いきなり女が、
「スマホって何!?この音楽の事!?
どうやったら止まんの!?これ!?」
と言った。

「聞こえてんでしょ?
だって私にはあんたの声聞こえるもん。

ずっと私の分析してて、気持ち悪!!って思ってたのよ!
音楽止めてよ!!

あんたの家、教えなさいよ!!
親に心配かけたくないんでしょ!?

あんたのふりしてやるから!
こう見えて、演技はうまいんだよ。」

そう言って女はニヤニヤした。


私には、この女が声に出し、
耳から入ってきた言葉しか聞こえないが、
女には私の考えた言葉が筒抜けているようだ。

(嫌だ…。
お父さんとお母さんを危険な目にあわせるくらいなら、
私は、私が死んだほうがまし…。)

そう考えた時、女は急に無表情になった。



「…死んだこともないくせに、よくそんなことが…。」



 その声にぞっとした。


「言えるね…。」



外から見たら私の目は

死んだ魚の眼のように、濁っているに違いない。


 
 女が言った。

「このまま失踪者になろうか…?

ククク…あんたの親が普通の親なら、
あんたのこと探し回るだろうね。

捜索願い出されて、渋谷あたりで警察に補導されて、

遅かれ早かれ、あんたの家に帰ることになりそうな気がするけどね。」

女は怒っている。

バックミュージックのように
スマホのアラーム音の
パッヘルベルのカノンが穏やかに流れている。

(確かにそうかもしれない…。でも…。)


「じゃあ、この体で商売でもするか。
金なんてすぐに無くなっちゃうからねぇ。

あんた美人だから高く売れるだろうね、
一日いくらくらい稼げるかなぁ?

あたしの目的が達成されるまで、

絶対に離れないし、

絶対に死なせてやんないよ。」


 女は、薄汚く、にやりと笑った。


「私がいなくなった後、
あんた、どうすんだろうね…?

親も、悲しむだろうね~。」


 
恐ろしかった。

体が動くなら、迷わずに警察に連絡をするだろう。

 だけど…今の私に動かせる体はない。

女の脅迫に私は屈するしかなかった。


 こうしてあの日、私と女は、
私を失うことを極端に恐れている父と母のもとへ帰り、

如月卑弥呼は、キャラ変したのだった。


第5話が完成したらリンクを追加します。


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