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台本/3:0:0/回天江田島

敗戦濃厚の中、技術士官と兵科士官教官との戦争に負けた、そのあとの未来を見据えた会話。 そして、戦後の教官の息子と元技術士官の未来を見据えた会話。  戦時中の前半はAと教官の会話。 戦後の後半はBとAの会話。

A:太平洋戦争末期の一九四四年、完成したのが特殊戦艦、人間魚雷、回天だった。天をめぐり、戦局を挽回するという願いが込められた名前とは裏腹に、九三式魚雷を改造した魚雷は、人の命をくべて物量で勝る相手より多くの命を奪うという運を天に任せるような兵器だった。必殺の兵器に希望する者は希望するようにとの達しに、友人に相談するまでもなく希望する者は採用された。戦争が続くにつれて海戦ではなく空からの爆撃が主となり、対応が遅れた日本は余っていた魚雷を特攻兵器に仕上げたのが事実だった。
0:沈黙
教官:貴様らは何故、技術士官になった。
A:はっ。私は鉄工所の倅であり、技術を持ってしてお国のためになれると信じたからであります。
A:(M)私はこのようなことを答えるのが苦手だった。ただ、徴兵令によって集まった、若造に過ぎないからだ。しかし、大学専門学校で習ったことを考えると、もうすでにどこにも逃げ道のないこの袋小路の戦争に勝ち目があるとは思えなかった。
教官:ここに並ぶ技術士官にとっては周知の事実であろうが、戦局は依然として厳しい。これから我々のような兵科士官と、時間をとって話すこともなくなってくるだろう。この際だ、何の質問でもいい、今のうちに聞いておけ。
A:私は、この戦争に日本が勝てるとは思えません。その時、前線に出ない、生き残ることになる我々技術士官はどのように心構えを持っていたらいいかを教えいただけるでしょうか。
A:(M)反射的に口から出てしまった言葉が作った沈黙が、痛いほど続いた。考え事をしていたせいで、本来なら口に出してしまってはいけないことを口にしてしまった、そう思った。どんな怒号と、拳と……拳で済めばいい。懲罰があるかと考えると、先ほどまでぼんやり大学に思いを巡らしていたことが悔やまれた。お国のために、お国のためはみんなのために、みんなのためは家族のために。これに疑問を唱えてしまったに等しい。小学校から戦争の中で過ごし、軍国青年に育っていたはずの私から、自分でも想像もできない言葉が飛び出したことに自分自身驚いていた。千人を超える技術士官仲間たちがジッと静まり返るひりつく空気。
0:長い沈黙
教官:今の、貴様の質問はこの先の日本にとって非常に重要なものだ。……私も、日本は負けると思っている。兵科士官はほとんどが討死する、その覚悟を持っている。そして実際に英霊となり帰ってくることはないだろう。未来に何も残さずに死ぬしかないわれらとは違い、貴様ら技術士官はその後方における、平時における技術を持って、生き残ったものとして是非、この荒れ果てた、米軍に占領されるであろう国の再建に向けてのあらゆる努力、あらゆる辛酸をなめつつも、我々が信頼したその技術でもって、われらが日本の再建に尽力して貰いたい。
A:(M)ざわめきは、なかった。誰もが黙って、軍国青年としてではなく、一人の生き残るべき人間としての心持ちでこの兵科士官の教官の話を聞いていたのだと思う。
教官:貴様は特殊戦艦乗りと話したことがないだろう。特殊戦艦乗りの案内の兵科にとっては、貴様ら技術士官は命が惜しいから技術士官になったと思われている。なぜだかわかるか。先日、私は技術士官を連れて工場見学に向かった際に、兵科士官が技術士官に尋ねた。この特殊戦艦、回天の中に、貴様らの中で入れるものはいるかと。回天は、入ったら、外から閉められる。中からは出られない仕組みになっている。仲間の手で、仲間の命を閉じ込め、仲間の命を敵艦へとぶつける兵器にするのだ。この二人乗りの潜航艇に乗って敵陣に進む人々の気持ちがわかるか、とな。貴様たちはこれを侮辱ととるか。
A:(M)果たして、あの鉄の棺桶の中に入れるか、いや、入れるかと迷った時点で私は入れなどしないのだろう。それは誰かのためなどというものではなく、純粋な死への恐怖によってだ。
A:……いいえ、私には、入れません。侮辱であっても。
教官:そう答えた技術士官はほとんどがいなかった。お国のために命を捨てるのは当然だと。それが私にとっては非常に残念だった。玉砕するのがお国のためだと。
A:私は、玉砕することが怖いのです。死ぬのが怖いのではないのだと思います。そこに向かう道筋が怖いのです。ただ、真っ暗な部屋に二人きり、家族や国のことを語りつつ、そのような武器でしか敵艦に攻撃を仕掛けることができない、命をすり減らして、相手の命の消耗を期待するようなやり方ではこの先何も残せないのが、とても怖いのです。
教官:貴様は技術士官になってよかった。すくなくとも貴様のような考え方をできるものが、国の復興に立ちふさがる技術的困難に立ち向かわなければならない。それがあれば本当に日本に残される技術は失われ、欧米各国のやり方に染められて、日本で培った技術、日本らしく復興するために必要なものが失われてしまわないように抗うことができる。貴様は回天に乗らず、祖国の復興を成し遂げられる名誉ある生を与えられたと胸を張れ。……貴様が運よく生き残ることができたなら、私の親族を訪ねるといい。力になってくれるはずだ。私の家系は技術士官になったものが多くてな。幸いに財界にもつてがある。努力次第では取り立ててくれるはずだ。
0:沈黙
教官:ほかに質問のある者はいるか。……いないな。これより我々兵科は江田島組は戦地に向かう。送り出しは結構。これより、我々は死地へと向かう。気が向いたものは。おそらく建立されるであろう、慰霊碑に花でも捧げてくれ。
0:沈黙
A:結果、一四〇〇人の志願が行われ、百名近くの二十代の若者が戦死した。我々は戦死者全体から見たら多くはなくとも、このような兵器が申請、受理され、確実に命を奪う爆薬と化する兵器が使用されたことを忘れてはならない。
A:私は教官の家族を頼り、幸い戦後のインフラの計画に携わることができた。闇市などの問題もあったが、これは非常に大きな復興への道筋をたてる助けになったと思う。
A:私は今でも思う。あの教官のような方こそ生き残り、旗印をたてて人々を導くべきだったのではないかと。しかし、兵科士官と技術士官との壁は非常に大きく厚かった。あのように理解ある立場で話でくれた、自分の未来ではなく、この国の未来を語ってくれた人の教えは、これから先も引き継いでいかなければならないと思う。
0:場面転換
B:それでおめおめとお前は生き残ったわけか。
A:おめおめと生き残ったのさ。こうやって轍を踏み、バラストを敷き、枕木を並べ、汗をかくのがたまらなく愛おしく感じる。
B:連合軍占領下の日本のヤミ市に向かう乗客を乗せる列車を整備するのがそんなに誇らしいか。
A:誇らしいさ。闇の市場じゃない。ヤミ市だよ。そうでもしないと国民生活に支障をきたす。君のような恵まれている人ばかりではないと知っておくべきだね。
B:ぐっ。そんなことはわかっている。だから私たちも兵役からの復員や外地からの引き上げで混乱した統制物資の管理を顧みて、体をなしていない配給制度を何とかするために「お目こぼし」をするために見回りを続けているんだからな。くそ、都市部に住んでいるほうが飢えているというのはわかっているのに、みな都市部から離れようとしない。
A:田舎のほうは畑がまだまだ残っていて、食料に飢えているということはないそうだな。東京や大阪では餓死者が出ているというのに、そこで暮らすことしか知らない、疎開先のない人々が真っ先に死んでいる。だから、私はこの枕木を敷いているんだ。この枕木が田舎に届けば、町に届けば、それだけ流通が進む。人の流れも変わる。私が教官から託されたことはこういうことだと思っているよ。
B:食料を完全な統制物資としたのがそもそもの間違いだったんだ。こうやって生きるに必要なものを手に入れることが違法だと?我々に栄養不足で死んでいけというのか。合衆国連邦政府の物資は全く足りていない。奴らは占領先を生きさせる『のうはう』とやらがまったくない。これだけ世界を支配したと豪語するのに統治できないおそまつさだ。
A:そんなに腹を立てていては腹が減るぞ。ほれ、餅だ。田舎ならではの自家栽培、サッカリン入りだが甘くて力が出る。今日はサツマイモの弦の佃煮がでるそうだ。楽しみにしておけよ。
B:雑炊、雑炊、また雑炊。そのうち脚気にでもなりそうだな。
A:それはヤミ市見回りに頼るしかないなぁ。せいぜいみんなが検挙されないように励むしかない。
B:ふん、あんな見せしめにしようなんていうやる気のない監査なんぞやりすごしてみせるさ。
A:ははっ。
0:沈黙
B:それにしても、お前が来てから家の雰囲気も変わったよ。
A:そうかい?
B:私の父が戦死してからふらりとあらわれたお前は、父の最後の言葉をつたえてくれた。普段誰にも明かすことのなかった本心を、誰にも言えなかった本心を伝えてくれたんだ。息子である自分に言ってくれなかったのは悔しくは……いや、兵科だった私には言えなかったのだろうな。
A:君がいなくなっても家はなくならないだろうに、それでも君を愛していたのかな。
B:大事にされていたとは思うよ。兵科として、何不自由ない生活をして、そして厳しくしごかれ、他の士官と何ら隔てることなく育成する割には、肝心なところで甘い。
A:……預かりものがあったんだ。渡すときは私に決めてくれと言われていてね。今がその時だと思う。
B:特殊戦艦搭乗員の希望者……空白、希望しない、か。
A:そういうことだね。
B:当時の私なら、いの一番に希望していただろうな。我が家が率先してやらねば誰がやる、と。
A:その気持ちはもう変わったかい?
B:ああ。変わってなければお前のような今のごくつぶし、未来の富豪とこんな軽口をたたいていないさ。戦争が終わって、見えてくるものが変わった。私たちが見るべきものは敵ではなくて、守るべき国民の生活だ。だからこうして自分のできることで、警察の取り締まりへの働きかけをしている。
A:今、私たちが作っているのは誰もが扉を開いて乗れる車両だ。決して蓋をしたら二度と出ることのできない鉄の棺桶じゃない。
B:教官からの教示のたまものだな。
A:おうともさ。お前の親父さんは立派だった。人として、立派だった。
B:それを聞いて鼻が高い。最も高くしたらピストルでおられてしまうご時世だがな。さてさて、私もお勤めに出るか。日々の国民の栄養のため、取り締まりから逃げる国民の手助けといこう。
A:目を付けられるなよ。
B:あそこにいるのはみんな仲間で、ある程度は繋がりがある。程度にはつてがある。まさかヤミ市の三分の一で通行不能になる事故が次々起きるとは警察も思っていないだろうさ。
A:はは、それは今回は頑張ったものだな。絶対に無事に帰って来いよ。
B:毎回計画的にやっているよ。今、親父殿の教育が役立っている。お前もさっさとその鉄道を完成させろ。そして俺に楽をさせるんだ。
A:警察の取り締まりが終わるか、鉄道が完成するかの競争だな。
B:馬鹿言え。競争じゃない。両方同時に完成させるんだよ。

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