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台本/1:1:0/時の川べり

川で遊んでいると見知らぬ少女が眺めていた。無理やり遊びに誘ったが、その帰りに少女はキーホルダーをなくしてしまう。キーホルダーを見つけた少年は返そうと考えるが少女はなかなか現れず……。

だい:おい、針に餌付けてやるからこっちよこせ。ほら、落とすなよ。
しほ:そんなこといったって、ちょっと、どっちに向ければいいの?
だい:(M)勉学より野山を駆け回っていたことが多かった。
だい:こんくらいとっとけば夜ごはんの天ぷらになるべ。サツマイモのツル洗うぞ。
しほ:サツマイモのツルなんて食べられるの?佃煮にする?本当においしいの?
だい:(M)山で釣りをして、山菜を採って、家に持ち帰って母ちゃんに料理をしてもらう。
だい:成績かあ、乙か丙ばっかで成績ぶらぶらだけど先生いっつも竹刀喰らわすだけで済ませてくれるよなあ。
しほ:授業中寝てたりするんじゃないの?
だい:(M)学業の成績は乙か丙ばかりで甲なんてなかったが、先生も成績を笑って見守ってくれていた。その代わり、よく廊下に立たされて竹刀を喰らわされていたが。怖いものと言えばそのおっかない先生と……冬、だった。
だい:(M)雪もやんで川の氷も溶けたころのことだった。
だい:(M)久しぶりの川遊びで、虫が苦手な子に大名釣りをさせてやっていた。
だい:おい、餌付けてやるからこっちよこせ。……ほら、もういいぞ。
だい:(M)目を向けた川上に、誰かがいた。沖やんちにあるテレビのコマーシャルで見るような、それよりももっと都会的で華やかな白い服を来た女の子が、川の上流に腰かけてぼんやりとこちらをみていた。なんとなく気づいた時には近づいて話しかけていた。
だい:おい、お前、だれだ
しほ:さばらししほ。あなたは?
だい:(M)おとなしそうな外見にとちがって、思ったよりはきはきした答えが帰ってきて少し驚いた。
だい:きたのだい。こんなとこで座って何してんだ?
しほ:川で遊んでいるのを眺めていたの。
しほ:(M)特に何をしていたわけでもない。ただ、ぼんやりと川下を見つめていただけ。
だい:一緒に遊べばいいじゃねえか。
だい:(M)こんな村で遊んでいるやつなんかみんな知り合いみたいなものだ。知らない奴が混じっていても一緒に遊んでいる。変わったやつだけど仲間はずれはよくない。
しほ:友達でもないし、邪魔しちゃうでしょ。それに川遊びなんかしたことないから、何すればいいかわからない。
しほ:(M)いったいなんだろう、初対面で遊ぼうなんてコミュニケーションお化け?これが田舎独特の距離の近さ?いきなり知らない人にむかって遊ぼうなんて言えるわけがない。それに、そんなに川遊びに興味があったわけでもない。本当にただなんとなく眺めていただけだ。
だい:一緒に遊ぶか?教えてやるよ。
だい:(M)見おぼえがない。どこかから引っ越してきたばっかりか?だったらなかなかなじめないだろうからさそってやらないといけない。
しほ:服が濡れるからいいわ。
しほ:(M)やっぱり距離が近い。そもそも人慣れしていない私がここにいるのもおじさんの家での居心地が悪いからなのに、どうしてこんなところで苦労しないといけないんだろう。
だい:そんじゃ、ほれ(手加減して水をかける)これで濡れたからもう遊べるぞ。それに、こんなに暑いのに川にでも入らなかったら倒れちまうぞ。
だい:(M)なんだかお高くとまっているようなきがして気に入らなかったので、手加減して水をかけてやった。それに、倒れてしまうような暑さなのは確かだ。いくら川辺の木陰だからといってそんなに涼しいもんじゃない。
しほ:やったわね……もう……こんなのばっかりなのかな。しかたないなぁ……足から……冷たいっ……!
しほ:(M)田舎だからかな、人の距離感が近いんだろう。思い切りではなかったけど水をかけてくるとは思わなかった。しぶしぶ入った田舎の川は、冷たい山水が流れていて、今まで自分が知っていたどんな水よりも綺麗に感じた。素足をさらさらとなでる川底の砂とでこぼこした石の刺激が痛いのに不思議に気持ちよかった。
だい:足入れるだけでも涼しいだろ。別にばちゃばちゃしなくたって川の中歩いているだけでも気持ちいいぞ。
だい:(M)川を恐る恐る歩くしほの機嫌がいいのを見て、こちらも機嫌がよくなってゆっくり一緒に歩いた。
しほ:水が綺麗……魚も沢山……カニもいる……。
しほ:(M)普段なら気持ち悪くて触れない魚も、泳いでいると全然気にならない。
だい:何なら獲って帰って焼いてもらうか。今ならおやつにしてもらえるぞ。
しほ:いいの?というか食べられるの?
しほ:(M)川で生き物を獲ってそのまま食べるなんていうこと、いままでしたことがなかった。おじさんにはさそわれたことがあるけれど、人見知りをして断ってしまった。
だい:おう、食べられるぞ。塩焼きがうまいんだ。
だい:(M)どこかのお嬢さんなんだろうか。このあたりにくるような連中はみんな野山を走り回って、食べられるものを集めて食べている。
0:他の子どもが気づいて近づいてくる。
だい:お前らうるさいって、さっき上流の岩場で会ったんだって。なあ。
だい:そういえばどこの家なんだ?
しほ:おじさんの家に少しの間、寄ってるだけ。すぐ家に帰っちゃうんだ。
だい:ふーん。じゃ、釣りしてみるか?餌とか全部やってやるからさ。
しほ:釣りしたことないけど大丈夫?
だい:大丈夫だよ。任せとけ。
0:家でおやつを食べる
だい:いつもどこにいるんだよ。
しほ:いつもはあの川近くでおじさんの用事が終わるまで待ち合わせなんだけど。時間大丈夫かな。
しほ:(M)なんだか悔しいけれど、魚の塩焼きはすごくおいしかった。いまもお代わりしている。
だい:すぐ戻れるよ。それよりほら、焼き魚美味いだろ。母ちゃん、砂糖なめてもいい?
しほ:お砂糖そのままなめるの?
だい:ちょっとだけだけどな。母ちゃんわかってるよ、待ち合わせ場所までもう返すって。
0:蝉が鳴く声が弱まり、虫の声がする。
だい:じゃあみんな明日なー!しほも帰るんだろ。
しほ:あの座っていた場所で待ち合わせしていたから……。
だい:じゃ、そこまで送っていってやるよ。
しほ:(M)今日初めて会った子と二人きりであるいているなんて、普段の私から考えられなかった。
0:川べりに座って
しほ:よいしょっと……あっ、キーホルダー!
だい:どうした?
しほ:キーホルダー落としちゃった。
しほ:(M)よりにもよってこんなところで落とすなんて、見つかりっこない。
だい:もう暗くなってきてるからわかんねえけど、探してみるか。
しほ:うん、ありがとう。
0:しほ深みに足を滑らせて溺れる。
しほ:(水を吐く)
だい:おい、大丈夫か!
しほ:大……丈夫。ちょと水を飲んだだけ。
だい:俺がもうちょっと見てくる。
しほ:もう、いいよ。見つからないだろうし。
だい:大事なものだったんだろ。
しほ:もう暗いし危ないよ。今日のお礼はまたするね。
だい:いらないよ、そんなの。
しほ:それより、ちょっと寒い。一緒にいて。
だい:お、おう……。
0:冬になる
だい(M)それからしほには会わなかった。何か月たても現れず、季節は巡り、息が白くなり、大粒の雪が降るようになった。積雪はいつもの通り。毎日の雪かきが大変になる。
だい:(M)凍える空気と雪の山。二階から出て玄関の出口を作っていく。今日も積もっていた雪をどけて、やっとの思いで玄関が現れ、伸びをしていると、どさーっと目の前が真っ白になった。
だい:(M)屋根の上に残っていた雪が落ちてきたらしい。目の前が真っ白になって母ちゃんがしゃもじで掘り出してくれた。
だい:(M)それでも手に握りしめているものがあった。じつはあの後、川でキーホルダーを見つけたのだ。見たことがないような形をしていたから、多分、しほのものだろうと手元に置いておいたんだけど。
だい:キーホルダー見つけたけど……なー。本人がいなくちゃ返せないんだよな。
だい:(M)こんな冬に誰もいるわけがないと思いながらも川に行くと、上流に大人の女の人がいた。なんとなく近づいていくと、しほとよく似た雰囲気の顔をした人が、こちらを見て目を丸くしていた。
だい:あの、こんにちは。
しほ:こんにちは……。
だい:ここで何しているんですか?
しほ:その、キーホルダーを探しているの。
だい:もしかして、これ……?
しほ:……そう。
しほ:(M)間違いなく、私が数年前になくしたキーホルダーだった。
だい:……しほ?
だい:(M)半信半疑ながら、尋ねずにはいられなかった。
しほ:……うん。
しほ:(M)認めざるを得なかった。私が歳をとったのか、だいが歳をとっていないのか。
だい:どうなってるんだ?
しほ:どうなってるんだろ……ね。
だい:なんでこんなにでっかくなってるんだ?
しほ:わかんない。だいに会ったの、もう数年ぶりだから……。これってタイムスリップってやつなのかな。
だい:家には帰ったのか。
しほ:うん、普通に帰った。
だい:そっか。それならよかった。キーホルダーも返せたし。
しほ:そうだね。本当にありがとう。大事だったんだ、これ。
だい:川遊びするか?
だい:(M)久しぶりに会えた嬉しさに、しほが大きいかどうかなんてどうでもよくなっていた。
しほ:え、釣りくらいしかできないよ。
しほ:(M)久しぶりに会えた嬉しさと不思議さに、もう子供とじゃれあうような歳でもないという考えは吹き飛んでいた。
だい:それでいいじゃん、やろうぜやろうぜ!
しほ:え、ほんとに、ちょっと、スカートが……!
0:夕暮れ時
だい:また夕方になっちゃったなあ。
だい:(M)しほはこの後消える。
しほ:そうだねえ。
しほ:(M)私は、この後何年もここではない場所で生活する。
だい:しほ、帰るなよ。
しほ:え?
だい:俺、しほに帰ってほしくない。
しほ:……そっか。ありがとう。でもだめだよ、私は帰らないと。明日があるから。
だい:俺たちと遊ぶより大事な明日か?
しほ:あはは、わっかんないなあ、そう聞かれちゃうと。でも、ずっとここにいるのは違うと思うんだ。
だい:そっか。……じゃあまた会えるまで待ってる。
しほ:今回のことだって何年もたってるんだよ、それはだめだよ。
だい:やだ。ずっと待ってる。おれ、よくわかんないけど、しほとまたこうやって会いたいから。
しほ:だめだよ……!今度は何年離れるかわからないんだよ。
だい:わかってる。
しほ:わかってないよ。
だい:とにかく、俺は待つって決めた。だから待つ。じゃあ、またな!
しほ:あっ……。
0:何年もたつ
だい:(M)何年も、何年もたった。あれから、しほは現れていない。
だい:今日も誰もいないか……。ん?
だい:(M)逆光で姿がはっきり見えない人影が川の上流に座っていた。
だい:……ひさしぶり。
しほ:……ひさしぶりね。

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