当麻皇子

 当麻皇子は先祖の一人。

 以下の系図は霊界通信にて作成。信じるか否かはあなた次第。


ホスロー1世(用明天皇)ーヤズダンダード(母はレイの裁判官(ダドワール)の五女のハザール姫(穴穂部間人皇女)。西突厥の達頭可汗・百済の法王・厩戸皇子・聖徳太子)ー手島女王(阿倍内麻呂正室)ー阿倍御主人、小足媛(孝徳天皇妃(有間皇子母)のち藤原鎌足夫人(定慧母))、橘娘(天智天皇の妃となり、明日香皇女〈忍壁皇子正妃〉と新田部皇女〈天武天皇妃〉を生む)。

敏達天皇ー竹田皇子(母は推古天皇)、尾張皇子(母は上におなじ)ー位奈部橘王(厩戸皇子正妃)ー白髪部王、手島女王(阿倍内麻呂正室)。

推古天皇(第29代欽明天皇の皇女で母は大臣の蘇我稲目の女の堅塩媛。第30代敏達天皇は異母兄で夫)ー菟道貝蛸皇女、竹田皇子、小墾田皇女、鸕鶿守皇女、尾張皇子、田眼皇女、桜井弓張皇女。

 当麻皇子(たぎまのみこ、敏達天皇3年以降用明天皇元年以前~)は、古墳時代後期から飛鳥時代前期にかけての皇族。用明天皇の第三皇子。母は当麻倉日子の五女(当主の五番目の姉)の葛城広子。

当麻皇子(用明天皇の第三皇子。母は当麻倉日子の五女(当主の五番目の姉)の葛城広子。征新羅将軍。当麻公・当麻真人の祖。配偶者は欽明天皇と蘇我堅塩媛(蘇我稲目宿禰女)の皇女の舎人皇女(泥杼王)である)ー束田王、忍田王、当麻豊浜、当麻広島。

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