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漢詩自作自解➈「読白蛇伝」

 霊泉妙境への旅に誘われた時、私は思わぬ幸運に巡り合うことができました。
 それまで鶴壁市などという地方都市はその名すら知らなかったのですが、実は見所が何か所もありました。

 例えば、雲夢山うんぼうさん
 戦国時代、この地に縦横家の鼻祖びそ鬼谷子きこくしが住み、蘇秦そしん張儀ちょうぎ孫臏そんぴん龐涓ほうけんら、後に外交官や軍師として大活躍するスターたちがこの地で彼に学びました。
 そのため、雲夢山は「中華第一天古軍校」とも称されます。

雲夢山

 例えば、朝歌。
 ここが殷の紂王ちゅうおう最期の地であることは前回も述べましたが、封神演義で女媧じょかの命を受けた狐狸こりの精が紂王を陥れるところとしても描かれています。

 例えば、金山。
 この山は別名「墨山」とも呼ばれ、戦国時代の思想家墨子が長期にわたって住みついたと言われます。

 その他、孔子の高弟子貢の墓や始皇帝を暗殺しようとした荊軻けいかの墓、『三国演義』の著者羅漢中らかんちゅうの隠居地もこの鶴壁にあり、中国の歴史好きや文学好きなら一度は訪れてみたいと思うような場所が数多くあったのです。
 河南省は古代のいわゆる「中原ちゅうげん」に当たりますから、数多くの遺跡があるのは当然と言えば当然なのですが。

 しかし、私を最も驚喜させたのは、先ほど挙げた金山が、実はあの白蛇伝の故地であったことです。
 白蛇伝は中国の民間伝説ですが、日本人の中高年の方々にとっては日本最初の長編アニメ映画『白蛇伝』(東映 昭和33年)のほうがなじみ深いのではないでしょうか。
 私も子供の頃に視聴し、その画面の美しさ、ロマンチックでスリリングなストーリー展開、溢れ出る異国情緒に心奪われました。
 鶴壁が白蛇伝の故地であると知り、さっそく映画『白蛇伝』を何十年かぶりに見たのですが、何年たっても色あせないその魅力にあらためて感動させられました。
 なお、アニメ作家の宮崎駿さんがこの映画に感動し、アニメの道を歩み始めたというのは有名な話です。

 ところで、白蛇伝の故地といえば杭州の西湖ではないのかと思われた方も多いことでしょう。
 実際、中国でも多くの方はそのように認識されていますし、明代の『西湖三塔記』や馮夢竜ふうぼうりょうの『驚世通言』「白娘子永鎮雷峰塔」では西湖が舞台になっています。
 西湖に行けば、雷峰塔や金山寺、断橋など、白蛇伝にまつわる景観がいくつもあります。 

西湖 雷峰塔

 しかし、鶴壁だという有力な意見もあり、以下のような根拠が挙げられていました。

① 鶴壁の黒山こくざんと呼ばれる一帯には、白蛇洞、金山寺、淇河きか許家溝きょかこう村など、白蛇伝に関する遺跡などが残っている。
 白蛇洞は淇河の川底につながっており、白蛇が千年修行した場所である。
 金山寺は老僧法海の寺。
 許家溝村には許姓の人が多く、白蛇伝に登場する許仙もこの村の出身である。

② 白蛇伝の淵源は北宋時代(960-1127)にある。その頃、仏教が大いに発展し、一寺一塔の方針のもと、金山寺にも雷峰塔が建てられた。
 杭州西湖にある雷峰塔は、もと呉越国(907-978)の王が建てたもので、当時は皇妃塔と呼んだものを後に雷峰塔と改めたものである。

③ 金が北宋に侵入した時(靖康の変 1126)、金山寺も雷峰塔も破壊された。
 宋朝は多くの民衆とともに南に逃れた。
 その時、白蛇伝の説話も南に移ったのである。
 ちなみに、南宋の英雄岳飛(1103-1142)は黒山近くの湯陰とういん(河南省安陽市)の出身であり、岳飛に付き従った者の中には黒山付近の者も多かっただろう。
 彼らが白蛇伝を江南に伝えたのかもしれない。

④ 南宋の初代皇帝高宗(在位1127-1162)は晩年になって退位し太上皇となって杭州付近に住んだが、各地の伝承などを聞くことを好んだ。
 中でも白蛇伝は彼のお気に入りであったため、民間にも大いに広められた。
 明代になって、馮夢竜が『驚世通言』の中で白蛇伝を著したが、南に伝えられた伝説を聞いて書いたのである。
 白蛇伝発祥の地となった西湖はとても美しく、話は一層ロマンチックになった。

⑤ 『驚世通言』の中に、二月、男女が連れ立って臥仏(涅槃仏ねはんぶつ)にお参りするシーンがあるが、西湖の金山寺には臥仏殿はない。
 しかし、黒山の金山寺には睡仏殿があり、毎年二月にお寺にお参りする風習もある。
 また、同書の金山寺には冷水亭があるが、黒山の金山寺にも冷水亭がある。

 これらを聞くと、確かに鶴壁の黒山あたりが白蛇伝の故郷ではないかと思われます。
 ほとんど観光化されていない……、正しくは観光化したのだがほとんど人が集まっていない同地を巡ることができたのは、望外の喜びでした。

 同地へは、張君の従弟の車で向かうことができました。
 張君も彼のいとこも白蛇伝のふるさとが鶴壁であるかもしれないことを知らなかったようでした。
 私は彼らにお願いし、白蛇伝の伝説の残る地に連れて行ってもらいました。
 初めに金山寺に行きました。
 寺の沿革を調べると、晋の明帝の頃(298-325)に沢心寺として創建されたと言いますからかなり古い歴史を持ちます。
 安史の乱の時に沢心寺は衰え、唐の宣宗が寺院を修復し、名を金山禅寺と改めた、寺の開祖は法海であり、当時地区最大の仏教寺院であった、とのことです。
 その間、戦乱で焼かれたり、文化大革命で壊されたりしたので、建物は最近のものです。

鶴壁 金山寺

 大きな寺なのですが、ほとんど人はいません。
 地元の小学生の男の子三人が、境内の中で遊んでいました。
 10~12歳くらいの、田舎の純朴な少年たちに見えました。
 仏殿内を見学していると、僧侶と信者と思しき人たちが数名、念仏しながら行道ぎょうどうしているのに出会いました。

金山寺 行道する人たち

 広い境内を一周して戻ると、出口付近の壁画に白蛇伝の物語が描かれていました。
 その絵を眺める私たちの側を、先ほどの少年たちが一台の原付バイクに三人乗りをして帰ってゆきました。
 それが彼らの日常なのでしょう。


 次に白蛇洞に向かいました。
 どことも知れぬ村中の道や、対向車もない山あいの道を走り抜けていくと、突然、道いっぱいに広がる何十頭もの山羊の集団に出会いました。
 お爺さんが一人で山羊を放牧していたのでした。
 昔、NHKが放送した「シルクロード」に出てきそうな光景でした。
 
 白蛇洞は「天然太極図旅游景区」の中にありました。
 時間がやや遅かったせいもあって、私たちの他にはほとんど観光客もいませんでした。
 わずかに管理人がいるばかりで、店もなく、寂しい場所でした。

 しかし、青石絶と呼ばれる絶壁の途中に渡された小径から見る淇河は雄大で、なるほどこの自然から白蛇伝は生み出されたのかと私を納得させるに十分な光景でした。

青石絶と呼ばれる絶壁を通る道
湾曲する淇河。この光景が白蛇の伝説を生みだしたのでしょう。

 白蛇洞などいくつかのほこらや仏像もありました。
 それらは小規模ですし、なかには安っぽい造りのものもあったのですが、子供の時に感動した遠い遠い国の物語の現場に今自分はほんとうに来たのだという感慨に包まれ、見るもの全てに大きな大きな価値があるように感じられました。

白蛇洞
許仙と白娘子

 読白蛇伝
  白蛇伝はくじゃでん

白娘見男神有親
 白娘はくじょう おとこて しんしたしむ
許仙遇女心生仁
 許仙きょせん おんないて こころじんしょう
法海懼魔誑少年
 法海ほうかい 少年しょうねんたぶらかすをおそ
仏力相争将済民
 仏力ぶつりきもてあらそい まさたみすくわんとす
蛇精即妖而非妖
 蛇精じゃせい すなわようにしてようあら
聖僧即人而非人
 聖僧せいそう すなわひとにしてひとあら
妖却服人人帰妖
 ようかえってひとふくし ひとよう
似人失正妖得真
 ひとせいしっし ようしんたるにたり

〈口語訳〉
  白蛇伝を読む

白娘子は許仙を見て、恋慕の情を抱いた。
許仙は白娘子に会い、一目惚れしてしまった。
僧法海は、魔物が少年をたぶらかすのを懼れ、
仏力を使って白蛇と戦い、許仙を救おうとした。
白蛇は妖怪だが、人を本気で愛したのだから、もう妖怪ではない。
法海は人間だけれども、解脱して人を乗り越えた僧侶だから、人間ではないと言える。
結局、白蛇が法海を心服させ、法海は白蛇に帰服した。
人間が正義を見失い、妖怪が真実を手に入れたように見える。

〈語釈〉
〇白娘…白娘子のこと。白蛇の精。
〇神…こころ。精神。
〇親…親しむ気持ち。近づきたいと思う心。
〇仁…本来は思いやりや慈しみを表す語だが、ここでは人間と動物(妖怪)の垣根を越えた愛を表す語として用いた。
〇民…仏僧は衆生(民)を救うものである。許仙も衆生の一人。
〇蛇精即妖而非妖…白蛇は妖怪だが、誰かを心から愛する気持ちは人間のそれと変わりない。
〇聖僧即人而非人…口語訳で示した通りだが、法海は許仙と白娘子の真剣な愛を邪魔する人でなしだと解釈することもできる。

〈押韻〉
親・仁・民・人・真
上平声 十七真

 「白蛇伝を読む」と題しましたが、実際は「アニメ白蛇伝を見る」です。
 尾聯は、正義をなし悪を滅ぼさんとした法海が、実は野暮で頓珍漢な男であったことを揶揄したような口吻こうふんになっています。
 でも、物語はハッピーエンドだから、言うことなしですね。


 


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