長編台本『さんかく』

愛憎百合物語『さんかく』

地上の楽園と呼ばれている聖都女学院には、ある噂があった。それは言葉巧みに相手を誘惑して、人を堕落させてしまうという、おぞましい悪魔の子がいるというものだった…

※ネタバレを含みますので注意してください。

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30〜35分。

男×1
女×3

古星 翠(ふるほし すい)
故人。
この世に希望は見出していないが、静夏のことを愛していた。
華は良き理解者として傍においていた。

天楼院 華(てんろういん はな)
天才肌でなんでも出来る。
静夏と翠への復讐を企てている。

野薔薇 静夏(のばら しずか)
翠のことが好き。
翠が居なくなったあとの菜園部の部長。

旗中 純(はたなか じゅん)
聖都女学院の先生。
そのメンタルはかなり弱い。










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(回想、温室)


『ねぇみんな。』


「はい。」

静夏
「…はい。」


『ボクたちの心臓って、何で出来てると思う?
…それはね、恋と憎しみを熱で溶かして、出来上がった愛情の果実そのものなんだよ。』


「…そうなんですね。」

静夏
「私には、よく分かりません…」


『あはは、何れ君たちにも分かる時が来るよ。
…大丈夫、ボクたちは永遠なんだから────』


「…」

静夏
「先輩、私は─────」


(教室内)


「…静夏さん…」

静夏
「…私は…貴女のことが…」


「静夏さん…!」

静夏
「あ…すいません、つい…
それで、なにか私に用ですか。」


「用って…はぁ、何でも無いですよ。
…それじゃあこの問題が分かる子はいるかな。
いるなら挙手してくれると助かります。」


「…はい。」


「それじゃぁ天楼院さんにお願いしようかな。
この時の彼女は一体何を考えていたのか、よろしくお願いします。」


「彼女が本当に人の血を流していたならば、そこには恋があって、憎しみがあった筈です。
…つまり愛していたのです、それを肉体で表現しようとした時に血を流している、となって彼女の情熱を私たちは覗き見ることが出来るのです。」


「成程、それは…面白い解釈だね。
なにか他の書籍から着想を得たのかな?」


「いいえ…昔にそういうものについて人から教わる機会があったので、引用してみました…いけませんか?」


「いいえ、寧ろしっかり勉強していたと言っていい。
…よく頑張りました。」

静夏
「…はぁ…何が引用よ。
…これじゃ思い出の出血じゃない。」


「…ありがとうございます先生。」


(放課後、温室)


「…貴方の一言にはぞっとさせられるわ。」

静夏
「…そう、好きに言えばいいじゃん。」


「自由なのね…私の心はまだ囚われてるのに。」

静夏
「先輩は、もういないから…悲しんでたってあの人は喜ばないんだ…」


「そんなこと誰にわかるっていうの…」


「二人とも今日もやってるね。
感心感心っと。」

静夏
「先生…」


「来てたんですか、珍しいですね。
幽霊部員ならぬ幽霊顧問なのに。」


「いやぁそう言われると返す言葉がないんですけどね…たまには君たちの顔を見に来ないと。
…貴女たちは毎日来てるんだろう?」

静夏
「そう、ですね。
ここの管理は私たちでずっと続けています。
…先輩が居なくなった後もずっと。」


「野薔薇さん…別に貴女たちが無理をしてやる必要はないんだよ。
僕とか他の先生方にも言ってもらえれば、手伝えるし…」


「いえ、その必要はありません。
…それに無理なんかしてませんから…此処は私たちの思い出の場所、いわば聖域なんですから。」


「聖域…」

静夏
「私たちは、まだ先輩を傍で感じていたいんです。花々の香り、草木の揺れ、太陽の傾き、それら全てに先輩の…翠さんの面影を感じるんです。」


「そ、っか。
なら、大切にしないといけないね。
っと、それじゃ僕は行かないと、他の子たちに頼まれてることがあるんだった。
君たちも無理のない範囲で、よろしくお願いしますね。」


(回想、図書室)


『んん難しいなぁ、私ちっとも分かんないや。』

静夏
「図書室ではお静かに…」


『ごめんよ…ボク学業の方はからっきしでさ…
それに今は人も居ないよ…もしかして教えてくれるの?』

静夏
「先輩になら喜んで…と言いたいところ何ですけどね。
生憎私が教えられることがないというか…嘘つきの先輩は華にでも教わればいいんじゃないですか。」


『あの子は厳しいからねぇ…とってもいい子なんだけれど。』

静夏
「…あと私ばかりに構ってていいんですか、華にあとから噛みつかれるのは、少しばかり疲れます。」


『それは申し訳ない…でも二人だけの時間っていうのも中々無いじゃないか。
たまには、ね。』

静夏
「…貴女はズルい人です。
そうやって、私たちを惑わせて楽しんで、後になったらやーめたで終わらせるんですから。」


『…んー本当にそう思ってるの。
ほら見てよ、誰もいない空間に、文字の海で二人きりの秘密のバカンス。
これが偶然だと信じているの?』

静夏
「さぁ…」


『静夏はさ、悪意ってあると思う…
こんな少女たちの楽園の中で、純粋無垢な子供たちに芽生えるって信じてる?』

静夏
「人は誰だって善と悪を抱えて生きていますよ…それが平等に与えられないってだけの話です。」


『いーや違うね、人はね、元々は善の可能性しか秘めていないんだよ。
ただ時折さ、悪意というものを植え付ける存在っていうのが現れて、そっと指を絡めてくるだけで…ほら、こんな風に…』

静夏
「あ、の、これって、どういう。」


『さぁ、ゆっくりと目を閉じて…
悪意を知る時が来たんだ、無抵抗に、無秩序に、永遠のように感じる秘密をね…』

静夏
「先輩…私、怖いです…」


『怯えちゃいけないよ…怖くなんてないから。』

静夏
「あ…」


「…っ」
夕日で赤らんだカーテンには、二人の影が重なって見えた。空調の熱が私の身体を冷たくするには十分な時間が過ぎた。心が燃えている感覚が、瞳の内側を痛くした。噛み締めた歯から漏れた憎悪だけが存在証明となった気がして、つい不安になってしまった。コレが愛なのかと鮮明に理解してしまった己は愚か者になるのだろう、そんな気がしてならない。許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない…


(授業終わりの教室)


「…それじゃあ今日の授業はここまでです、みんな気をつけて寮まで帰るんだよ。
勝手に抜け出したりなんかして、遠くへ行っちゃいけないんだからね。」

静夏
「…それじゃあ、お先に…」


「ええ、それじゃまた後で。」


「ん、一日疲れたなぁ…手伝いごとは良く頼まれるし…ほんと参ったよこれは…」


「…いつも大変そうですね。
なにかお手伝いできることがあれば、やりますが…顧問の先生だし。」


「いやね君たち二人には負けるよ…あの広さの温室の管理を二人っきりでやってるんだろう、尊敬しちゃうよ。」


「そうですかね…あの程度であれば一人で問題ないくらいですよ。」


「流石、学院きっての才女…なんでもお任せあれってことなのかな、凄いなあ。」


「あら、褒めてもらえるなんて、お世辞でも嬉しいですね…それで、あの相談があって。」


「決してお世辞なんかじゃないだけれどね…ん、相談したいこと?」


「はい、ここじゃどうして話しにくくて…あの出来れば人がいないところがいいんです。
何処かに、誰も来ないような場所ってないでしょうか…」


「うーん、これは深刻そうだ…あぁ、相談室なんてどうだろう。
あそこなら普段から人はいないし、防音対策もしっかりしてるよ、どうですかね?」


「決まりですね、そこまで一緒に行きましょう。
始めて行く場所ですから、探すのも手間ですし。
…ねぇ先生。」


「なにかな?」


「先生は、愛ってなんだと思いますか。」


「いきなりだね…そうだなぁ、何者も寄せ付けない混じり気のない水みたいものかな。
それを向ける相手が何であれ、愛は流体であって、注げるものだと思っているよ。
…天楼院さんはどういうものだと思ってるんだい?」


「…内緒です。
また機会があったら教えてあげますよ。」


(相談室)


「さてと、此処が相談室だね。
少しばかり汚れているかもしれませんが、そこは許して欲しい。あまり使われている部屋じゃないし。」


「それくらいなんてことありませんから、どうぞお構いなく。
…でもいいソファですね、革張りで色もシックで…使われていないのが勿体無いくらいです。」


「うーん、君の学院への貢献度を考えればあげちゃっても構わない気がするけどね…あはは、残念ながら備品は渡せませんよっと。」


「私の部屋に飾れば、いい感じの味が出ると思うんですけど…」


「なんと言っても駄目なものは駄目なんです。」


「あれま。」


「大人っていう生き物は時に理不尽になるものさ…そろそろ空気も和らいできたかな。」


「気遣われていたんですか、そんなの必要ないのに…」


「先生の役目ってことにしておいてくれると助かるかな、うん。」


「…では…先生はこの聖都女学院をどうおもってますか?」


「どう、って…言われてもな…大事な職場ですよ。来てから日は浅いけど、とってもいい場所に思ってるし、これからも子供たちの為になりたいなって…」


「先生、貴方はとんでもない嘘つきですね。」


「なっ」


「此処はただの生徒たちの学び舎って訳じゃないんです…女学生たちが、悪意を知らない蕾たちの聖なる楽園なんですよ。
貴方たち大人はここへ淡い期待を、過ちを犯す己自身を妄想しながら、青い色香を噛んで楽しんでいるくせに…」


「…」


「夢の中の私は、どういう風に乱れるんでしょうか、熱っぽくなった肌をすりつけながら、頬に傷をつけるんですか…その瞳にはどんなものを宿らせて興奮するんですか…甘え、それとも憎しみ?」


「そんなこと、考えたりなんか…!」


「それも嘘…貴方はいつも怯える山羊みたいな瞳を向けるけれど…それだけじゃないのも知ってるんです…病的で禁断の感情を秘めているのを…」


「…僕を、どうするつもりなんだい…?」


「…ちょっとだけ手を貸してほしいんです。
勿論対価は支払いますよ…ほら、私に触りたいんでしょう、スカートの下の体温を感じて、目を合わせて…ゆっくりと。」


「うう…」


「大丈夫…貴方の為に痛くなるだけです…従ってくださいね?
そうしたら現実ってやつを教えてあげます、それが内包するグロテスクで神聖な悪意を…」


(回想、温室)


『華…』


「はい、先輩。」


『ボクは君のことが好きだよ。』


「私は貴女を愛してます。」


『そっかぁ…良き理解者として、いつも傍に居てくれるもんね。
でもね、ボクは自由なんだ、風のようにひゅるりと湖の上を駆けていって…捕まえられる人なんて誰もいないんだよ。』


「そんなの関係ありません…貴女が風なら、私が冷たくしてあげます。
そしたら凍って、触れられますから…」


『ん…痛いよ、そんなに強く握らなくたって大丈夫だから…ボクのこと一番よく分かってるんでしょ。』


「ええ、そのつもりです。
先輩の抱える悪意にも、生きることへの希望を全て捨てていることも…」


『…もしもボクが消えてしまっても、絶対に探しに来ちゃ駄目だからね…これは約束だ。』


「…どうしてですか?」


『探して欲しくないから。』


「私では、足りないんですか…」


『華、君はまだ蕾なんだよ…きっと見る機会は与えられないだろうけど、美しい悪意を咲かせるんだろうね。
だからボクが水を注いであげるよ…とっても楽しみなんだぁ。』


(温室)

静夏
「あれ…今日は華、居ないんだ。
じゃあ皆勤賞は私だけか…ちょっとだけ寂しいな…ねぇ先輩…」


「野薔薇さん…」

静夏
「先生…?
どうしたんですか、随分と具合が悪そうですけど、生気がないといいますか…保健室まで連れていきましょうか。」


「い、いや…そこまで体調が悪いってわけじゃないんです…気温の変化の所為かなぁ…あはは。」

静夏
「ならいいんですケド…」


「それで…ええと、なんというか。」

静夏
「…え?」


「今まで君に言ってないことがあったんだ…
でもあんまり隠し続けてちゃいけないかなと…」

静夏
「…と、いうと。」


「はぁ…コレを、受け取って欲しいんだ。」

静夏
「あ、え、その、これ…嘘。」


「そう…古星翠さんからの手紙です…中身は見ていないのでご安心を。」

静夏
「どうして、こんなもの持ってるんですか…?」


「…本当は、野薔薇さんが卒業するまで渡す予定なんて無かったんです。
ほら、かなり気が動転してたでしょう…でも思っていた以上に落ち着いてきているみたいなので、もういいかな、と。」

静夏
「…ぐす、その、ありがとうございます…」


「いえいえ…これくらい先生だから当然です…」

静夏
「この事は、華に…内緒にして貰えませんか。
先輩との思い出をひとつくらい独占しても、罪にはならないかなって。」


「…ええ、それくらい構わないけれど…もうそろそろいいかな?
頼まれ事を思い出しちゃって、大切なことなんだよね…」

静夏
「はい…でも先生。」


「…ん?」

静夏
「首は、どうしたんですか。
酷い痣が出来てますよ…?」


「えぇ…ど、どうしたんだろう本当に。
じ、時間に余裕があった時に保健室に寄ってみることにするよ…気づかなかったなぁ…」

静夏
「気をつけてくださいね…先生は抜けているところがあるみたいなので…」


「あ、ありがとう!
それじゃ、急がなきゃいけないから。」

静夏
「…先生あんなに足早かったんだ…意外。」


「ごめんなさい、遅れちゃった…まだ皆勤賞は残しておいてよね。」

静夏
「華…」


「どうしたの…とってもいい顔してる。
…なにか、いい事でもあったの?」

静夏
「別に…私、今日は帰る。
…後は任せたから!」


「あ、ちょっと…はぁ。
…先輩、私はあの子を絶対に許しませんから…」


(静夏の自室)
手紙

静夏
「翠先輩…」

静夏
「私、少しだけ壊れてしまいました。
大切なものが、胸の中から消えてしまって、三人だけの永遠が…叶わなくなってしまったこと、今でも最果ての地にある楽園を夢見てしまうんです…」

静夏
「貴女はいつだって自由で、孤独の島で微睡んでいた私を、引っ張りあげて…その生き様に、踊り方に魅了されていたんですよ…」

静夏
「こんな私を笑ってください。
孤独な惑星に、憧れてしまった…哀れな私を。」


『…笑わないよ。』

静夏
「ほんと可笑しいですよね。
…手紙なんかに話しかけちゃって。」


『覚えていてくれたことが嬉しいんだ。』

静夏
「先輩はいつだって風みたいで、手を掴もうと必死になっても、爽やかに逃げていくんです。
花の香りを漂わせて、道標にして…光のある方へ泳いでいくその後ろ姿が好きでした…」


『…静夏はいつも甘えん坊で可愛かったなぁ。』

静夏
「ここは、まるで天国のようで、幸せだけが溢れる地だけど、それだけでは満たされないってことを先輩の内包する悪意をもって知っちゃって…それで…私…」


『…静夏。』

静夏
「私、怖いんです。
貴女がいない世界…先輩が消えてしまった世界はあんまり静かなものですから…」


『─────ねぇ。』

静夏
「もう決めたんです。
三人だけの永遠が叶わないなら、せめて私だけでも手に入れるべきだって…華には悪いけど、あの子はいつか自分自身で幸せになれるって信じているから。」


『ボクが死んだら探しに来てね。』

静夏
「こんなに心が軽いのは久しぶり…
だって、今、自由なんだから。」


『…行ってらっしゃい。』

静夏
「行ってきます、先輩。」


(使われなくなった灯台)


「あぁ、やっぱりここに居たんだ。」

静夏
「…華。」


「懐かしいなぁ…先輩が私たちの前から消えちゃってから、此処にきたことは無かったし、私たち三人にとって秘密基地みたいなものだもんね。」

静夏
「何しに、来たの。」


「別に、って言いたいけど、貴女少し変だったから、あの後部屋によってみたの…でも留守にしてたみたいだから。」

静夏
「そう…ごめん、心配掛けたみたい。
でも大丈夫、ご覧の通り五体満足だし、心だってびっくりするくらい軽いんだ、鳥になって飛んでいって…あの空にある星のひとつくらい取ってこようか?」


「本当に出来るなら、お願いしたいわ。
だって見てよ、こんなに綺麗なんだもの…学校も森も海も光で満ちているのに、少し上を眺めるだけで、星の流れが見えるなんて…」

静夏
「そうだね…この時間が好きで、昔はみんなでよく来てたっけ…遠くの方にある町はまだ燃えている、生きてるみたいだね…私たちも生きてるんだよ…」


「だけど、永遠なんか何処にもない…この景色も黒くなって、私たちも骨になって、町も朽ちて、数世紀をかけて忘れ去られてしまう…悲しい話なんだけどね。」

静夏
「…ねぇ華。」


「うん。」

静夏
「貴女は、先輩のこと、好きだった?」


「そんなの当たり前でしょう…
あの人のこと愛してたの、今だって変わらず…」

静夏
「そう、なんだ。
…そろそろ帰ったらどう、私も食事には間に合わせるからさ。」


「…気をつけてね。
そろそろ日も暮れるから…それじゃ、また。」

静夏
「うん…さようなら。」


「…はぁ。」
階段を降りて行く頃には、明るい森も薄暗くなって、宝石のように煌めいていた海も生気を失ってしまっていた。上を見上げれば、色んな星が浮かんでいて、飛行機の影が点滅を繰り返して町の方へ向かって、小さくなっていった。そして、古ぼけた灯台から少し離れたときに、ドスンとナニカが落ちる音がしたが、振り向いたりなんてしない。明瞭だった視界が揺らいでいくのを感じたが、セーラー服の裾で何度か拭っているうちに、学校の光に全身を包まれた。瞳に籠った熱もすっかり冷めてしまって、ゆっくりと深呼吸をして走り出した。


(夜、純の自室)


「…」


「ん…誰かな、こんな時間に…」


「先生…」


「華さん、どうしたんですか。」


「…入ってもいいですか、巡回の人に見つかると不味いでしょう。」


「え、えぇ…どうぞ此方へ…
あ、足元に気をつけてね。」


「…ありがとうございます。
それにしても、本だらけですね。」


「まぁ趣味と呼べるものがこれくらいだから…
それで、えと…野薔薇さんは大丈夫なの?」


「えぇ、彼女は遠くへ行ってしまいました。
私のモノを渡した甲斐があったというか…ささやかな復讐を果たせてよかったです。」


「それって、まさか…」


「そのまさかです先生…後追いなんて、とってもロマンチックで文学的で素敵…」


「最初から、これを考えて…なんて、おぞましいんだ、これじゃ悪魔だ…」


「…私たち三人を繋いでいた、さんかくを壊す必要があったから、仕方の無いことなんです…ねぇ先生。」


「な、なにかな…」


「次は、貴方の番ですよ…私の純潔。
先生のこと少しだけ…好きになっていました、でもここまでです。」


「…い、いやだ。」


「どうせ私の事なんて傷つけられないでしょう…分かってるんですよ…愛してしまうってそういうものだって…」


「…うぅ。」


「ほらこっちですよ…
悪意は今夜、花になります。」


(一年前、温室)


「古星さん…」


「どうしたの先生、ボクでよければ話聞くよ。」


「君に、相談することじゃないんだけど…先生を辞めようかなって思ってるんだ。」


「はぁ、それはどうして。」


「僕は夢を見ていたのかもしれないんだ。
純粋培養された少女の美しさというものは、誰にも触れることの叶わないものであると…」


「つまり…先生は此処を完全な楽園だって思ってる訳だ。
違うよ、ここは大人にとっての世界じゃないんだ…貴方には見えないの?」


「えっと…」


「蕾だよ、彼女たちは美しい花なんだ。
先生もまだ若いんだから、これから多くの過ちと正解を繰り返していけば分かるはずだよ。
…だから、その決断は早いんじゃないかな。」


「ごめん…でも、少しだけ分かった気がする。」


「あはは、いーよいーよ。
でも一つだけ気をつけてね。」


「気をつけるって…何に?」


「悪意を宿した子にだよ…彼女たちは普通の子とは違って人を惹きつける力に長けてるから、先生なんか簡単に騙されちゃうんだから。」


「そこまで単純な男じゃないよ。
…ああ、そんな顔しないでください…」


「あはは…ほんと面白い人だ。
見てて飽きないや。」


(朝、華の自室)


「んん…もう朝なの…」


「胸に穴が空いたみたい…大切なものを失ったみたいな…でも気持ち晴れやかで、今なら風になって遠くまでいけそう。」


「そろそろ教会へ行って…今日は私がお祈りの担当だから…なにを話そうかな。」


「ピアノの練習を忘れてた…まぁなんとでもなるから大丈夫か。」


「…三人だけの永遠も、禁断の関係も、秘密の約束も、全部消えちゃった…
私は今、完全な自由なんだ。」


「よしっ…今日は学校なんてサボって珈琲でも飲みに行こう…おもいっきり濃いやつを注文して、苦い顔しながら最高の朝ごはんを食べちゃお。」


『あいらーびゅーなんてつまらないよね。』


「いいえ、先輩そんな事ありません。
私はいつまでも愛しています…でも今日だけは、忘れさせてくださいね。」

『さんかく』了

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國冬
「君は聖都女学院の生徒さんだよねぇ。
こんな所で珈琲なんか飲んでていいのかい?
あそこは完全寮制だって聞いてるけれど…」


「別に、今は最高の気分なんです。
少しくらいイケナイことしてても許されます。」

國冬
「僕は一切咎めたりなんかしないけどねぇ、お祝いごとっていうのは祝わないといけないし…じゃあ代わりに僕の質問に答えてくれないかな。」


「…なんですか。」

國冬
「なぁにちょっとしたことさ…聖都女学院に在籍しているっていう悪魔の子の話だよ。」

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