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中島みゆきのファイト!について


 仲良い人はみんな知ってると思うけど、僕は中島みゆきのファイト!という曲がかなり好きだ。

 どれくらい好きかというと、酒飲んでカラオケ行ったら、そのカラオケのメンバーがどうだろうが、必ず本人映像(LIVE DAMだけ)の、ライブ映像で会場の音がちゃんと入っているやつを入れて、大音量で流しマイクも持たず観客のように歌う(というか叫ぶ)くらい、好きだ。

 あの映像はイイ。YouTubeでは観れないし、精神イカれた中島みゆきの、狂気の笑顔が本当に刺さる。初めて観た時は泣いてしまった。中島みゆきが何を思いながらあの歌を作って、人の前で歌っているのかは全く想像できない。想像できないけど、尋常ではないことは分かる。あの人が、歌手という道を選んでくれて、同じ時代に生まれ落ちて幸運だと感じた。


 ファイト!は、色々なアーティストにカバーされているし、有名な曲だから、多分昔から知ってはいたんだけど、本当に「好きだ」と認識したのは社会人になってからだ。


 僕は病院のICUという部署で看護師をしていた。もう辞めた。
 多分、ほとんどの職業の人よりは、人の死に目に遭っている。
 平均すると2ヶ月に一回くらいは、人が死ぬ瞬間に立ち会う。
 もっと激しい救急病棟や、一般病棟、緩和ケア病棟といったところで働いている看護師さんは、もっと頻繁に人の死ぬ瞬間に立ち会っている。1回の夜勤で3人の患者が死んでしまうこともよくあるそうだ。

 僕はICUだったから、死んで行った人のことはほぼ何も知らない。どんな声で、どんなふうに笑うのか、何が好きなのか、などは全く分からないことが多かった。

 一般病棟の看護師さんには、何回も入院、退院を繰り返しているうちに顔見知りになり仲良くなった患者さんがたくさんいるらしい。そうやって深い関係になった人が、病院のベッドで死んで行く瞬間に立ち会っていくわけだ。普通に泣いてしまう看護師も少なくないのだとか。それでもその職業を続けるというところにその人の強さとか、仕事に対するやりがいを感じさせられる。
 仲良い人、好きな人が次々と死んでいく生活なんて、辛すぎて、僕なら早々に精神が壊れてしまうだろう。みんな、よくやるなぁ、とよく思う。
看護師の仕事の特徴の一つとして、死にゆく人のそばにいることによって寂しい思いをさせない、っていうのは良い役割だと思う。優しい。


 ある日、末期の癌で、一般病棟で急変してしまった患者がICUに入院して来た。
 末期の癌だから、治療を開始・追加しても健康寿命が延びるわけではない。でも家族の希望で、人工呼吸器に繋ぎ、血圧を保つための点滴を大量に開始した。(急変した時点で本人に意識はない。人工呼吸器に繋がれた時点で声は出なくなるし、麻酔を常に使われているから意思の疎通は難しくなる。)
 末期の癌であったり、超高齢であった場合は、急変しても、自然な経過に身を任せて病室で静かに看取る、みたいな選択肢もあるんだけど、本人と家族に予めそういう意向を確認していなかったか、家族が急変に焦っちゃって「やれることは全部やってください!お願いします!」ってなっちゃったとか、そういう事情によって治療が選択されることもよくある。


 家族が納得するまで、癌の治療でボロボロになった患者の体に針を刺して液体を注入したり血液を取り出したり、血管の中に何本も太いチューブを入れたりする。
 趣味の悪い人形あそびのようだ、と常に感じていた。幼稚園児のお医者さんごっこよりも、明確な意思と手段がある分タチが悪いとも思った。
 点滴の影響で、全身がむくんで、むくんだ部分に水疱が形成され、少しの刺激で膜が破れて透明〜黄色の液体がシーツに広がっていった。日頃、あまり嗅がないにおいだ。患者の側には空気清浄機が置かれた。
 顔がパンパンになって、もはや人相が変わってしまった時点で、家族が「もう楽にさせてあげてください。」と医者に言って、積極的な治療は中止になった。
 積極的な治療を中止したからといって、患者はすぐに死ぬわけではない。
 1-2日は、生命活動は維持される。
 そういう「静かに死を待つだけの時間」では、患者が好きなラジオや歌を、家族が持ち込んだプレイヤーで流すことがよくある。

 その患者は中島みゆきの大ファンだということで、枕元のスピーカーからは中島みゆきのベストアルバムがリピート再生されていた。

 僕が患者の歯磨きをしている時、ファイト!が流れ始めた。歯磨きが終わって、顔を拭いているタイミングでサビが来た。
 「ファイト!たたかう君の歌を たたかわない奴らが笑うだろう」
 「ファイト!冷たい水の中を 震えながら登ってゆけ」

 (ああなんだか、患者に合っているな)と感じた。

 ファイトって日本語にすると「がんばれ」とか「まけるな」みたいなニュアンスがあると思っている。

 患者は、何もがんばらなくていい状況だった。頑張り終えたと言っていい状況だった。あとは、楽に目を閉じて、何もしなければよかった。

 でも、この時は、この歌詞とメロディが、患者のために流れていると感じた。

 あの曲は多分、「がんばれ!負けるな!あいつらを見返してやろうぜ!」という熱い情熱がありそうな、陽キャな歌ではないだろう。24時間テレビ向きではないというか...表現が難しいけど。
 僕はあの歌が、自分を追い込んでしまって本当に弱っている人に優しく寄り添ってくれる歌であるように思う。
 あのメロディ自体になにか、「あなたはもうよく頑張ってるよ。」というニュアンスが込められている気がしてならない。根拠はないけど。

 メロディ自体がキャッチーなため、一度聞けばなかなか忘れられない。
 辛い時に思い出すフレーズが、やや力の抜けた「ファーイトっ」という掛け声であることは、結果的に救いになるのではなかろうか。

あの曲は考え尽くされている。

キャッチーなメロディに惹かれて歌詞を読んでいくと、残酷な描写や人を不快にさせる事象や言語を目の当たりにして背筋が凍る感覚に陥る。

しかし、そういった理不尽に立ち向かってもいいのだという勇気を、あの曲は持たせてくれる。ような気がする。


気分が落ち込んで、どうにかしようともがくこともできないときに、ふとこの曲が流れてくると、かたの力が抜けて、「まぁなるようになるか〜」と楽観的になれるような気がする。
大好きです。

中島みゆきの中では1番好き。2番目は「悪女」

おわり

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