【小説】パートさんの机を真っ二つに切り裂くジェイソン、その正体は・・・

川村リュウイチが出勤すると、職場オフィスが入っているビルの前にパトカーが止まっていた。一瞬で、心臓の鼓動が早くなった。エレベーターに乗り込み、閉じるボタンを押し、オフィスのある6階のボタンを押す。

誰とも話したくない、挨拶さえ、会釈さえしたくない日は、行き先階ボタンよりも先に閉じるボタンをを押すのが彼の習慣だった。そんな日ばかりなので実際には毎日先に閉じるボタンを押しているのだが、今日は普段よりも勢い良く閉じるボタンを押して、突き指をしてしまった。

突き指した時の正しい応急処置は知らない。とりあえず呻きながらその指を伸ばした。中指だけを伸ばした彼の右手が奇しくも「ファック・ユー」ポーズになったのと同時にエレベーターのドアが開き、乗り込もうとした2人の警察官と目が合った。

長年のキャリアを持つ警察官も、エレベーターのドアオープン即ファック・ユー・ポーズには言葉を失った。

「あっ、ちょ、ちょっと、突き指しちゃって」と、右手を隠すリュウイチ。

警察官は訝しげな顔をしながらも「ちょっとお時間よろしいですか?今、皆さんにお話を聞いていて・・・」と、リュウイチに声をかける。

「あっ、は、はい。何でしょう」と上ずった声で答えるも、ファック・ユーの指が戻らない。それもそのはず、人間、本来、心と身体はひとつなのだ。

リュウイチには毎日、怒りと憤りがあった。パートさんの出勤状況が悪すぎる。幼い子供の発熱なら分かるが、私用での欠勤が多すぎる。抑え込んでいた日々のストレスが、突き指という物理的な痛みで、普段と違う様相を醸し始めた。

「警察官さん・・・僕は・・・なんでこんな慌ただしい事態になっているのか、分かっているんです・・・」

「えっ?」

訊かれるより先にリュウイチは語り始めた。 


昨晩、ジェイソンの仮面を被り、パートさんの机をチェーンソーで真っ二つに破壊したこと。

パートさんの椅子をチェーンソーで真っ二つに破壊したこと。

パートさんの文房具を、卓上扇風機を、スリッパを、買い置きのマスクを、全て破壊し尽くしたこと。

墓地から盗んできた卒塔婆をパートさんの机があった場所に突き立てたこと。

フロアの監視カメラに向かって中指を突き立ててファック・ユーのポーズをしたこと。


警察官の後ろには、上司、先輩、他のパートさん、皆が集まってきていた。皆一様に、信じられないという顔をしている。

ああ、やってやった!言ってやった!自分の人生が終わったという絶望と同時に、どこまでも空が高く青く見えるような、胸をすく解放感。どうだ、見たか。知ったか。俺の苦しみを、理解したか。

しかし、川村リュウイチは気付いてしまった。彼が何もかもをチェーンソーで真っ二つにした当のパートさんが、今日も私用で欠勤していて、この場にいないことに。

後ろ手に手錠をかけられ、警察官と共にエレベーターで階下まで降りる彼の心は、壊れそうなほどに、震えていた。

ガラスのメロディ 

伝えたくて・・・




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